第5話
次の日、私は洗濯物を抱えながら廊下を歩いていた。すると、庭の方からバサバサと鳥が暴れているような音が聞こえてきた。
「烏くんかな……」
洗濯物を抱えたまま庭の方へ行くと、烏くんが巨大な黒猫に襲われていた。背中を押さえつけられて、羽を噛まれている。
「烏くん!?」
私は洗濯物を放り出して、烏くんに駆け寄る。黒猫は私を見ると、烏くんから離れた。
「烏くん、大丈夫?」
「ん〜。『くろ』、ひどい〜」
烏くんの羽は無惨な噛み跡だらけになっていた。
「酷い……」
チラリと黒猫の方を見ると、普通の猫の大きさになっていた。この黒猫は前に彼岸花をくれていた、あの猫と同じに見える。
「黒猫ちゃん……?」
黒猫の体から紫色の煙が出て、青年が姿を現した。
「迷者殿、久しぶりに会えて光栄でござる」
黒い口布を付けた全身真っ黒な和服に身を包んだ青年は、私に頭を下げてきた。
「どういうことなの……」
「某の名はクロでござる。彼岸様の命により、迷者殿をお迎えに参上した」
「彼岸……」
烏くんが言っていた半妖さんの名前だ。チラリと烏くんを見ると、羽をパタパタとさせて微笑んでいる。
「どうして、烏くんを襲っていたの?」
「む……それは……」
クロさんは視線を彷徨わせて、おずおずと話し始めた。
「某は動くモノを見ると、襲いたくなってしまうのだ。特に鳥を見ると、衝動的に噛み付いてしまう……」
クロさんはどこか恥ずかしそうに言った。
「それよりも、早く行かなければ鬼面が来てしまう。某の手を取ってくだされ」
クロさんの手を見つめながら、私は迷っていた。元の世界へ帰るための手がかりが欲しい。だけど、あの時に感じた恐怖が忘れられない。
「私……」
「さあ、早く」
クロさんは急かすように、私に手を差し出している。私はクロさんから目を逸らした。
その瞬間――
クロさんの体が吹き飛ばされた。
「鬼面さん!?」
鬼面さんに蹴り飛ばされたクロさんは、塀を飛び越えて逃げようとした。けれど、鬼面さんに足を掴まれて地面に叩きつけられてしまった。
「ど、どうしよう……」
「『くろ』が『ぼろぼろ』だね〜」
烏くんは手を叩いて、無邪気に笑っている。
「くっ!」
鬼面さんが刀を振り下ろそうとした。
その瞬間――
一輪の彼岸花がヒラヒラと鬼面さんの前に現れた。
眩い真っ白な光が辺りを包み込む。私は咄嗟に両腕で目を覆い隠した。
「今の光は……」
「『ひがんさん』の『ちから』だね〜」
恐る恐る目を開くと、クロさんの姿はどこにもなかった。鬼面さんが私の方へ歩いてくる。私は烏くんを抱きしめて、鬼面さんに叫んだ。
「あ、あの! この子はさっきの半妖さんとは無関係です!」
「…………」
鬼面さんは無言で私と烏くんを見比べた。そして、懐から鈴を取り出した。
「え……」
鬼面さんは私に小さな黒色の鈴を差し出している。私は両手で鈴を、そっと受け取った。
「あ、ありがとうございます」
鬼面さんは、背中を向けて去っていった。
「この黒い鈴、音が鳴らない……」
軽く振っても、鈴の音は聞こえなかった。けれど、鬼面さんが意味もなく何かを渡してくるとは思えない。
「なんだろう……」
私は首を傾げながら、鈴を懐にしまい込んだ。
「ねえねえ、『いっしょ』に『あそぼう』?」
くいくいと烏くんが私の服の裾を引っ張る。彼の羽根はぼろぼろで痛々しく見えた。
「その前に、その羽根を治療しないと……」
「はね? いたくないよ」
「痛くなくても、治療はしないといけないんだよ」
烏くんは不思議そうに首を傾げている。半妖だから痛みを感じていないのか、それとも彼が特殊なのかどちらだろう。
「包帯さんに手当てしてもらわないと……」
「『ほうたいさん』のところにいきたいの?」
烏くんが指笛を鳴らすと、巨大なカラスの羅黒が現れた。
「『めーじゃ』は『らこく』の『せなか』にのってもいいよ」
「ありがとう」
「うん。『とくべつ』だよ」
烏くんの言葉に安堵して、羅黒の背中に乗った。羅黒の爪を見て、体が震える。こんな鋭い爪で体を掴まれたら、間違いなく死んでしまう。
私と烏くんが背中に乗ると、羅黒は羽を広げて飛び立った。
◇
包帯さんはため息をついて、ぼろぼろになった烏くんの羽にそっと触れた。
「烏くん。本気で抵抗すれば、ここまで酷い怪我はしないよね?」
「『あそんでた』だけだよ〜」
包帯さんは烏くんの頬を掴んで、軽く引っ張った。
「悪い子だね。いつも怪我ばかりして、本当に悪い子だ」
「う〜」
烏くんは抵抗せずに、嬉しそうに包帯さんに頬を掴まれていた。
「君もだよ。危機感が足りない。半妖は悪意のある者たちが多いと言ったばかりだろう?」
包帯さんの言葉に顔を逸らしてしまう。包帯さんは私の両頬にそっと手を添えた。
「心配させないでくれ。俺の言うことをちゃんと聞くんだよ」
そう言って彼は私を抱きしめた。大きな手が私の頭を撫でる。
「俺が守らないと……」
ポツリと呟いた包帯さんの声は弱々しく、けれど決意に満ちていた。




