表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/27

第2話

この世界は一日中薄暗くて、常に赤い月が光っている。そのせいで、今が朝なのか夜なのかも分からない。


「いたっ……」


あの朱角という男に付けられた腕の痣が痛い。軽く触れただけでも、ズキリと痛む。


「はぁ……」


ため息を漏らして腕を摩っていると、横から気配を感じた。


「わっ、鬼面さん!」


鬼面さんが横から私の腕を覗き込んでいた。彼は立ち上がって、部屋から出ていった。


「洗濯でもしようかな……」


この世界に来てから、恐らく四日は経ったと思う。鬼面さんは着物を用意してくれたり、料理をしてくれたりと、意外と面倒見が良い人だった。


井戸で水を汲んでいると、池の魚が目に入った。池の近くにしゃがみ込んで、魚達を見つめる。無駄にカラフルな魚たちは優雅に泳いでいた。


「この魚、全然美味しくないんだよねぇ」


「だよなぁ。不味くて食えたもんじゃねぇよ」


突然、隣から声が聞こえてきた。


「朱角さん!」


「よっ! 元気だったか?」


私の隣にいたのは、朱角さんだった。彼は軽く片手を上げて挨拶をしてきた。私は彼にアザをつけられた腕を背中に隠す。


「そんな怯えんなよ! もうお前を食ったりしねぇよ」


朱角さんは、にぱっと笑いかけてきた。大型犬のようにしっぽを振っている。


「お前、鬼面に気にいられたんだろ? アイツを敵に回したら厄介だからな」


「何しに来たんですか……」


ジリジリと後ずさる私に、朱角さんはゆっくりと近づいてくる。


「お前いいなぁ。怯えてる姿がおもしれぇ」


朱角さんの赤い瞳がキュッと細まる。嫌な空気が漂っている気がした。彼の私を見る目は完全に獲物を狙う獣と同じだ。


「ちょっとくらいなら、味見をしても……」


「良くないよ」


突然、巨大なノコギリが朱角さんの頭を殴った。


「いってぇな!」


「今のは君が悪いでしょ」


朱角さんの後ろから現れたのは、全身に包帯を巻いた男の人だった。短い茶髪に赤い瞳。左目は包帯で隠れている。


「チッ、クソ医者かよ」


「子供を怖がらせないでよ、野蛮狼」


包帯の男性の隣には鬼面さんが立っている。私は慌てて、鬼面さんの方へ走りよった。


「随分と懐かれているようだね、鬼面」


「あの、誰ですか?」


私が問いかけると、包帯の男性は優しげな微笑みを見せてくれた。


「ああ、ごめんね。朱角のせいで自己紹介が遅れてしまった。俺のことは『包帯さん』とでも呼んで欲しいな」


「あ、私は」


迷者(めいじゃ)だね」


包帯さんは、私の言葉を遮った。彼は困ったように眉を下げて微笑んでいる。


「こんな所に迷い込んでしまって可哀想にね。怖かっただろう?」


「迷者……?」


「ああ。この昏冥(こんめい)の国に迷い込んでしまった者のことだよ」


彼は私に向かって、手招きをした。


「詳しいことは部屋で話そう。君の怪我を手当しないとね」


「おい、クソ医者。俺の頭も手当てしろ。お前のせいで怪我したぞ」


「それは自分で何とかしてね」


朱角さんに威嚇されながら、包帯さんは歩き出した。私が迷っていると、鬼面さんが私の背中をそっと押した。


「鬼面さん……」


私のためにお医者さんを呼んでくれたのかな。やっぱり鬼面さんは優しい人だ。



部屋の中で私は包帯さんに腕を見せている。彼は眉をひそめて、朱角さんを睨んだ。


「子供にこんな怪我を負わせるなんて……どういう事かな?」


「別に珍しくないだろ。この世界は弱肉強食だ」


「俺の前で、この子を傷つけたら許さないよ」


包帯さんの言葉に朱角さんは面倒くさそうに欠伸をした。


「へーへー。分かりましたよっと」


包帯さんは鋭い目で朱角さんを睨む。私は居心地が悪くて俯いた。


「ああ、ごめんね。空気が悪くなってしまったね。薬を塗ってもいいかな?」


「あ、はい。お願いします」


包帯さんは懐から小さな箱を取り出した。そして、私の腕に薬を塗っていく。


「人間の子供が迷い込むのは久しぶりだなぁ。ここは物騒だからね。気をつけるんだよ」


「私、もう十七歳ですけど……」


「ふふっ。まだまだ子供だね。困ったことがあれば、何でも言ってね」


そう言って、彼は私の腕に包帯を巻き始めた。


「あの、ここはどこなんですか?」


「ここは昏冥(こんめい)の国。人にも妖にもなりきれなかった半妖達が暮らす世界だよ」


「元の世界に帰りたいんですけど、どうしたら良いですか?」


「うーん。ごめんね。迷者が元の世界へ帰ったという話は聞いたことがないなぁ」


包帯を巻き終わると、彼は申し訳なさそうに微笑んだ。


「ごめんね」


「いえ、大丈夫です。手当てをしてくださって、ありがとうございます」


私がお礼を言うと、包帯さんは目を細めて微笑んだ。彼は私の頭を撫でる。


「君は良い子だね」


包帯さんの手が、頭から頬へ流れる。ゆっくりと頬をなぞるように手が滑っていく。


「良い子、良い子……」


包帯さんの口元が怪しげに歪んだ。親指で目元を撫でられる。不思議な空気が流れていた。胸の辺りがザワつく。


そのとき――


「おっと……」


鬼面さんが包帯さんの腕を掴んだ。


包帯さんの手からギチギチと嫌な音がなっている。彼はもう片方の手を挙げて、降参したように手を振った。


「ごめんね。少し遊びすぎちゃった」


その様子を見て、鬼面さんが包帯さんの手を離す。私はいつの間にか、強ばっていた肩から力を抜いた。


「どいつもこいつも気持ち悪いな」


朱角さんが呆れたように言い放った。


「人間のどこが良いのか分かんねぇな。食うのは良いが、愛でるのは何か違うだろ」


朱角さんは立ち上がって、背中を向けた。


「じゃあな」


彼は片手を上げて、去っていった。


「俺もそろそろ行こうかな。迷者ちゃん、また何かあれば俺を呼んでね」


包帯さんはにこにこと微笑んだ。その笑顔は優しいけれど、どこか仄暗い色を宿している。


「えっと、ありがとうございます」


「うん、またね」


包帯さんが出ていくと、鬼面さんと二人きりになる。私は彼の方を向いて、軽く頭を下げた。


「あの、鬼面さん。お医者さんを呼んでくれてありがとうございます」


「…………」


鬼面さんは相変わらず無言だった。彼はそっと私の頭に触れた。


「え……」


そして――


すぐに手を離した。


包帯さんのように撫でるのではなく、一瞬触れただけだった。それでも、私の胸は温かい気持ちになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ