第17話
鬼面さんの屋敷の庭で、朱角さんと烏くんが追いかけっこをしている。私も参加していたけれど、すぐに息が上がってしまった。今は包帯さんと鬼面さん、そして羅黒さんと縁側に座っている。
「人間は弱いな。すぐに死んでいまいそうだ」
「迷者ちゃんは女の子だからね。余計に体力がないんだよ」
羅黒さんの言葉に、包帯さんが苦笑する。
「鍛えよ。そうすれば強くなる」
「人間では、俺達半妖にはついていけないよ」
「汝らも、元は人間であっただろう?」
羅黒さんの言葉に、包帯さんは黙り込んだ。重い沈黙と冷たい空気が流れる。
「えっと……人間だったんですか?」
「まあ、元はね……あまり人だったころのことは覚えてないよ」
包帯さんは苦々しい顔で答えた。思い出したくないことがあるのかもしれない。
「迷者よ。半妖どもが汝に執着するのは、不完全な存在だからだ。どちらにもなりきれなかった者たち、それ故に完全な存在である人間に執着する。とくに元から半妖であった者たちはな」
「なるほど……」
「逆に言えば、元々人間であった半妖ならば、それほど執着してはこないはずだ」
私はチラリと鬼面さんの方を見る。彼はどうなんだろう。私を拾ってくれたのは、人間に執着してるからなのかな。
「俺も……元は人間だった」
「え、そうなんですか」
鬼面さんの言葉に、少し驚いた。元人間なら、どうして私を拾ってくれたのかな。聞くのが少し怖い気もする。
「む、騒がしいな。なんだ、あれは……」
羅黒さんが眉間に皺を寄せて、庭の方を見ている。私も庭の方へ視線を向けて、目を見開いた。
「彼岸さんっ!」
朱角さんが、彼岸さんを食べようとしていた。私は慌てて、彼岸さんに駆け寄る。
「何してるんですか!!」
朱角さんから、彼岸さんを取り返して抱き締める。朱角さんは不服そうに私を睨んだ。
「何すんだよ。俺の獲物だぞ」
「彼岸さんは食べ物じゃないですから!」
私にしがみつく彼岸さんの頭に触れた。彼の美しい赤髪には唾液がついている。
「野蛮な奴め……」
忌々しげに言い放つ彼岸さん。それに対して、朱角さんは退屈そうに欠伸をしていた。
「烏、そろそろ帰るぞ」
「はーい」
羅黒さんは巨大なカラスに変身すると、私を見て言い放つ。
「強い半妖ほど、汝に執着する。精々、気をつけることだ」
そう言って、羅黒さんは烏くんを乗せて飛び立った。
私は縁側の方へ戻って、彼岸さんを下ろす。彼は這いずりながら、包帯さんから距離を取っていた。どうやら、彼岸さんは包帯さんが苦手みたいだ。
「迷者ちゃん、人間が鍛えても限界がある。お狐くんのところへ行けば、何か役立つ物が買えるかもしれないよ」
「なるほど……ありがとうございます!」
情報をくれた包帯さんに頭を下げる。彼は軽く私の頭を撫でてくれた。
「そうだ。あの黒猫だけど、処分しておいたよ」
「え……」
突然のことに、私の頭は真っ白になった。あまりにも、自然に言われた言葉が信じられない。
「あれが生きていると、君を惑わす元凶になるからね。実際、眼帯に攫われてしまったんだろう?」
「そ、う……ですね……」
言葉を詰まらせながらも、なんとか返事をした。クロさんが殺されてしまった。私のせいなのかな。
ずっしりと重たいものがのしかかったような気分だった。
「迷者……」
鬼面さんに背中を撫でられる。泣きそうな顔で見上げれば、彼は私を抱きしめてくれた。私は彼の胸元に頬を擦り寄せる。
「鬼面さん……ありがとうございます」
彼は背中を一定のリズムで優しく叩いてくれている。無口な彼の優しい気づかいは、十分過ぎるほどに伝わってきた。
「ずるいなぁ……」
包帯さんのドロリとした冷たい声は、聞こえないフリをした。
◇
包帯さんと鬼面さんに連れられて、お狐くんの屋台にやってきた。お狐くんは、私を見ると、手を振ってくれた。
「わ〜! 迷者のお姉さん、また来てくださったんですね」
「お狐くん、護身用の何か便利な物ってないかな?」
私が問いかけると、お狐くんは少し微妙な声を出す。
「うーん……」
「お狐くん、久しぶりだね」
包帯さんが話しかけると、お狐くんはピタリと動きを止める。そして、やたら甘い声で包帯さんに擦り寄った。
「これは包帯さんではないですか〜。今日も、とっても素敵ですね」
「ありがとう。はい、お小遣いをあげようね」
お狐くんは小袋を受け取ると、飛び上がって喜ぶ。そして、包帯さんに抱きついてお礼を言った。
「もう〜! 包帯さん、大好きです!」
「お狐くんは、良い子だね」
にこにこと笑う包帯さんと、声を弾ませるお狐くん。しばらくして、お狐くんは包帯さんから離れる。
「特別なお薬を出しますね〜」
彼はご機嫌でしっぽを振りながら、屋台から商品を取り出した。
「こちら、一時間だけ半妖になれるお薬です!」
「半妖さんになれる薬?」
「はい! 見た目や力などは変わりませんが、気配だけを半妖にすることができます。人間だとバレなければ、普通に街を歩くことが出来るようになりますよ」
お狐くんの言葉に胸が高鳴る。街を歩くことが出来れば、元の世界へ帰るための情報を集めることができる。
「買おう」
私が何かを言う前に、鬼面さんは代金を渡した。
「お買い上げ、ありがとうございます〜」
お狐くんから薬を受け取った鬼面さん。彼は薬の入った瓶を、私に渡してくれた。
「鬼面さん、ありがとうございます!」
私が笑顔でお礼を言うと、鬼面さんは無言で頭を撫でてくれた。
「包帯さんもありがとうございます」
「うん、いいよ」
包帯さんにも、きちんとお礼を伝える。彼のおかげでお狐くんが薬を出してくれたからだ。
この薬をどう使うか、それが今後の指針になるだろう。




