第16話
眼帯さんの舌が首筋を這う。大好きな鬼面さんの香りをした別の男性に抱かれる。そんな絶望しかない状況に涙が止まらない。
「愛らしいね……」
顎を掴まれて、無理矢理キスをされる。味わうように、角度を変えて軽く唇を噛まれた。
「んぅ……」
「っは……可愛い子だ……」
顎を掴んでいた手が、頭を撫でる。体重をかけられて、私はピクリとも体を動かせない。突然、眼帯さんの手の動きが止まった。彼は起き上がって、障子の方へ体を向ける。
すると――
障子が勢いよく開けられた。
そこに立っていたのは、烏くんだった。 いつものように可愛らしい笑顔で立っている。
「どうしたのかな?」
「『めーじゃ』を『たすける』よ〜」
ふわふわとした可愛らしい笑顔のまま、彼は眼帯さんに言った。眼帯さんは少し考え込む様子を見せる。
「お前が動くのは予想外だね。羅黒も連れてきているんだろう?」
「『とうぜん』だよ〜」
眼帯さんは、顎に手を当てて沈黙する。
「『らこく』には『だれ』も『かてない』よ〜」
「ふぅ……厄介だね。お前一人ならば、と思ったが……」
烏くんは体を左右に揺らしながら、楽しそうに笑っている。そして、眼帯さんの横を通り過ぎて私の方へ近づく。
「あっ……」
私は慌てて着物を直すと、烏くんの方を向いた。彼は私に手を差し出してくれた。
「めーじゃ、かえろう?」
「うん……」
烏くんのいつも通りの姿に、思わず涙が滲む。彼の手を取って、歩き出した。通り過ぎ様に、眼帯さんに腕を掴まれる。
「これで終わらせないよ」
ゾクリと背筋が粟立つ。烏くんに手を引かれて、私は再び歩き出した。
◇
巨大なカラス、羅黒さんの背中に乗って鬼面さんの屋敷に向かっている。私は何度も首筋を擦って、眼帯さんの舌の感触を消そうとしていた。
「めーじゃ、そんなに『さわる』と『くび』が『いたい』よ」
「あ、うん……そうだね……」
烏くんは私の手を掴んで、優しく止めてくれた。けれど、どうしても先程のことが忘れられない。私の震える体を、烏くんが抱きしめてくれた。彼の羽が私を覆い尽くす。
「だいじょうぶ……おれが『ついてる』よ」
「烏くん……」
温かい羽に包まれて、私は少しだけ安心することができた。
「ありがとね……」
烏くんはにこにこと笑いながら頷く。彼の羽に包まれていると、羅黒さんが下へ降りていくのを感じた。
「迷者っ!」
屋敷の庭には鬼面さんが立っていた。私は羅黒さんの体から降りて、鬼面さんに抱きつく。
「鬼面さんっ……」
「迷者……悪かった……」
鬼面さんの腕の中で、涙が止まらなくなった。泣きじゃくる私を、鬼面さんは痛いくらいに抱き締める。
「ごほんっ!! そろそろ良いか?」
突然、見知らぬ声が聞こえてきた。振り向くと、黒髪に灰色の瞳の中性的な人が立っている。
「え……誰?」
「『らこく』だよ〜」
烏くんは中性的な人を指さして、あの巨大なカラスの羅黒さんだと言う。
「え、羅黒さん……」
「そうだ。いつも汝を背中に乗せてやっている羅黒である。感謝したまえ」
彼女は独特な喋り方をしていて、威張ったように胸を張る。
「羅黒さんって、女性だったんだ……」
「我はどちらでもない。だが、好きなように考えてよいぞ」
彼女に言われて、私は羅黒さんは女性ということにしておいた。同性は昏迷の国で会ったことがなかったので少し嬉しい。
「えっと、羅黒さんのお陰で助かりました。ありがとうございます」
「ふんっ! よかろう……許す!」
頭を下げると、羅黒さんは腕を組んで鼻を鳴らした。鬼面さんも、羅黒さんにお礼を伝えていた。
「羅黒、今回は助かった。礼を言おう」
「構わぬ。『おともだち』の頼みだからな」
そう言って、彼女はチラチラと烏くんの方を何度も見る。
「『らこく』と『おれ』は、『おともだち』だからね〜」
「っ……そうだっ! 『おともだち』だっ!」
彼女は目を輝かせて、何度も頷いていた。何となく、この二人は仲が良いのが伝わってくる。思わず生暖かい目を向けてしまう。
「ごほんっ!」
私の視線に気づくと、彼女は咳払いをした。
「迷者よ。気をつけた方が良いぞ。あの半妖は執念深い。これで終わるとは思えぬ」
「はい……気をつけます……」
「うむ。鬼面に守られてばかりでは、いずれ破滅する。自分の身は、自分で守れるようにせよ」
そう言って彼女は巨大なカラスの姿に戻った。烏くんは羅黒さんの背中に乗る。
「またね、めーじゃ!」
「うん、またね」
去っていく烏くん達に手を振って見送った。
「自分の身は自分で守る……か」
半妖さん達を相手に、私に出来ることはあるのかな。




