第15話
眼帯さんから貰った飴玉を指でつまむ。正直にいえば、あまり眼帯さんを信用していない。彼から貰ったこの飴玉は怪しすぎて、口に入れる気にはなれない。
「捨てるのはもったいないしなぁ」
ため息をついて、手の中で飴玉を転がしていた。
そのとき――
背後ろから手首を掴まれた。
「その飴玉をどうやって手に入れたの?」
私の手首を掴んだのは、包帯さんだった。彼は無表情で、いつもの穏やかな微笑みは消えている。掴まれた手首の痛みに悲鳴が漏れた。
「いっ……たい……です……」
「っ……ごめんね……」
包帯さんは慌てて手を離してくれた。少しアザになった私の手を、優しく撫でてくれる。
「その飴玉はあの男のものだよね。眼帯をつけた半妖……」
「はい、眼帯さんに貰いました……」
包帯さんは忌々しげに、顔を歪める。険しい顔で、彼は忠告してきた。
「あの男だけは信用してはいけないよ。彼は眼球収集家でね。特に人間の眼球を欲しがっている。人間なんて、滅多にこの国は来ないからね。君の目を狙ってくるだろう」
「そんなっ……」
「俺の左目も彼にとられたんだ」
包帯さんは、自身の包帯が巻かれた左目を指さした。少しだけ、彼の手が震えていることに気づく。
「あの男を信用した俺が悪いんだけどね……」
眉を下げて目を伏せる包帯さん。私は彼の震える手を掴んで、力を込めて握りしめた。
「包帯さんは何も悪くないですよ。彼とどんな関係だったのかは知りません。だけど、彼がまた包帯さんを狙ってきたら、私が追い返します!」
そう言って、私は近くにあった布はたきを手に持つ。包帯さんは、唖然と私を見て固まる。
そして――
お腹を抱えて笑い始めた。
「あっはは! 布はたきであの男を追い払うのかい?」
彼が声を出して笑い声を上げるところを初めて見た。こんな風に笑ってもらえるのは嬉しい。
「本気ですよ! 私が包帯さんを守ります!」
「はははっ! あぁ、もう……本当に可愛いなぁ」
深紅の瞳が愛おしげに細まる。握った手を、強く握り返された。
「そっか。君が守ってくれるんだね……」
「はいっ!」
微笑む彼に、私は元気よく返事をした。
◇
包帯さんが帰った後、私は洗濯物を抱えて廊下を歩いていた。
「にゃあ」
不意に足元に黒猫が擦り寄ってくる。あの、クロさんにそっくりな黒猫だ。
「わっ、危ないよ」
私は洗濯物を置いて、黒猫の頭を撫でる。ふと、紫色の瞳と目が合う。無機質な感じがして、少しだけ鳥肌がたった。
「にゃあ」
撫でていた黒猫の体が溶け始める。手に泥のような黒い液体が絡みついた。
「なにっ……いやっ、鬼面さんっ!!」
叫んだ瞬間、黒い泥が私の口を塞いできた。私は黒い水溜まりの中へ引きずり込まれた。
暗い水の中を溺れているような感覚がする。呼吸が出来てないはずなのに、不思議と苦しさはなかった。
誰かに腕を掴まれて、水の中から出される。
「っはぁ……」
酸素を求めて思いっきり息を吸う。目を擦ると、眼帯さんが見えた。彼の腕の中から逃げようと必死に藻掻く。
「いやっ! 離してっ!」
「こら、暴れてはいけないよ」
私の抵抗を意にも介さず、無理矢理抱き締められた。また、あの甘い香りがする。鬼面さんと同じ香りなのが、余計に不快で仕方ない。
「いやっ! 鬼面さんっ!」
「ふむ。鬼面の香りを再現してみたのに、ダメだったようだね」
眼帯さんの屋敷だろうか。一見すると普通の畳の部屋だが、少し開いた押し入れから見えた物に息を詰まらせる。
「ひっ……」
「ああ、あれが気になるのかな?」
眼帯さんは私を離すと立ち上がって、押し入れの襖を開けた。中には瓶に入った大小様々な眼球のホルマリン漬けがあった。
「あ、ああっ……」
私は腰を抜かしながらも、必死に彼から距離を取ろうとしていた。そんな私の足を掴んで、眼帯さんは押し倒してきた。
「良い目だね。でも、私はお前の泣いている姿が見たいんだ」
「ひっ……」
眼帯さんの手が私の頬を撫でる。左目の瞼を執拗に撫で回されて、血の気が引いていくような感覚がした。
「どうしたら泣いてくれるかな? ああ、こうすれば……どうかな?」
眼帯さんの手が私の着物の合わせ目に触れる。私の顔はますます青ざめていった。
「や、いやっ……」
「絶望したお前は、もっと良い目をしてくれるんだろうね」
着物がはだけて、眼帯さんの顔が私の首筋に近づく。ピクリと肩を跳ねさせると、耳元で低い笑い声が聞こえてきた。
「ははっ……良い声で鳴いてくれ……」
瞳に涙が滲んでいく。かつてないほどの恐怖に、体が震えていた。
「きめんさん……たすけて……」
「間に合わないよ」
無情な言葉に心が折れそうだった。




