第14話
羅黒さんの背中に乗って、鬼面さんの屋敷へ向かう。赤い満月を眺めながら、私はぼんやりとしていた。森と街の間くらいの場所で、烏くんが声を上げた。
「『がんたいさん』が『て』を『ふってる』よ〜」
下を向くと、確かに眼帯さんがいた。烏くんは羅黒さんの背中を叩いて告げる。
「『がんたいさん』の『ところ』に『おりて』ね〜」
「え、会いに行くの?」
「うん、きっと『いいもの』を『もらえる』よ」
不安を抱えながらも、無邪気に笑う烏くんに何も言えない。羅黒さんが降り立つと、烏くんは走り出して、眼帯さんに飛びついた。
「がんたいさん、『あめ』が『ほしい』よ〜」
「よしよし、お前は素直で可愛いね」
眼帯さんは懐から飴玉を出して、烏くんに渡す。烏くんが懐いているなら、悪い半妖さんではないのかな。
二人のやり取りを見ていると、眼帯さんが私に近づいてくる。彼は袋に包まれた飴玉を渡してきた。
「お前にもあげよう。私の特製の飴だよ」
「え、あ、ありがとうございます」
彼はにっこりと爽やかな笑みを浮かべている。朱角さんが言っていたドブ医者という悪口を思い出すが、そんな悪い半妖さんには見えなかった。
「にゃあお」
突然、猫の鳴き声が聞こえた。足元を見ると、クロさんにそっくりな黒猫がいる。
「クロさんっ!?」
思わずしゃがみこんで、黒猫を見つめる。どこからどう見てもクロさんにしか見えない。
「ああ、その子は私の飼い猫だよ」
「『がんたいさん』、いつのまに『ねこ』を『かってた』の〜」
「最近、手に入れたんだよ」
眼帯さんは、目を閉じて静かに笑みを零す。私の胸がざわつく。この猫はクロさんなのだろうか。
「あの……この猫の名前って、なんですか?」
「まだ決めてないんだ。どうしたものかな」
足元で擦り寄る黒猫。私はこの猫が気になって仕方ない。
「二人とも、私の屋敷に来ないかい? 良いものを見せてあげよう」
「わ〜、『いきたい』な〜」
烏くんはぴょんぴょんと飛び跳ねて、眼帯さんに抱きつく。私は黒猫を見ながらも、首を振って断った。
「ごめんなさい。早く帰らないと、鬼面さんが心配してしまうので……」
「それは残念だ」
眼帯さんは、優しく烏くんの頭を撫でている。烏くんは嬉しそうに話した。
「『がんたいさん』の『やしき』は『おもしろいもの』が『たくさん』あるんだよ」
「ははっ! そう言ってもらえると嬉しいよ」
眼帯さんが私の髪にそっと触れる。彼は耳元で囁いた。
「いつでもおいで」
怪しく光る金色の瞳は満月みたいだ。久しぶりに普通の満月を見たような気がした。懐かしい日常を思い出して、涙が頬を伝う。
「可哀想に。ほら、おいで」
眼帯さんに抱きしめられた。彼は壊れ物に触れるように、私の頭を撫でてくれる。
「めーじゃ、『いたい』の?」
「大丈夫……大丈夫だよ……」
心配そうにこちらを見る烏くんに、無理矢理笑顔を作る。私の体は。眼帯さんの体にすっぽりと収まっていた。彼の大きな体に包み込まれていると、不思議と安心してしまう。花のような甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「鬼面さん……」
この少し甘い香りは、鬼面さんと同じだ。まるで鬼面さんに抱きしめられているみたいな感覚になる。ふわふわと意識が遠ざかっていく。
「あぁ……愛らしい……」
耳元で聞こえた声に、微睡んでいた意識が一瞬で覚醒する。ドロリとした執着心の滲んだ低い声だった。
咄嗟に彼の腕の中から離れる。寒気に腕を擦りながら、距離をとる。
「もう帰るのかな? また、会おうね」
爽やかな微笑みからは、先程のような不穏な気配は感じ取れない。けれど、私はもう眼帯さんには近づきたくなかった。
「めーじゃ、かえる?」
「うん、帰ろう……」
羅黒さんの背中に乗って、鬼面さんの屋敷へ帰る。先程の眼帯さんの低い声が頭を侵食していた。
「めーじゃ、またね〜」
「うん、またね……」
烏くんに手を振って別れを告げた瞬間、私は鬼面さんの元へ走った。
「鬼面さんっ」
部屋の襖を開ければ、鬼面さんは座布団の上に座って刀を手入れしていた。
「鬼面さん……」
「どうした」
刀をしまった彼に抱きつく。鬼面さんの膝の上に乗って、彼の肩に顔を埋めた。鬼面さんは何も聞かずに抱きしめてくれる。
「っ……」
眼帯さんよりも力強い腕に安心して、私は息を吐き出す。少し甘い香りに心が落ち着いていく。あのドロドロとした低い声を思い出さないように、鬼面さんに力いっぱい抱きついた。




