第13話
縁側で休む私の隣に、鬼面さんが座ってきた。
「どうした」
「あ、いえ……なんでもないです」
私は手を振って、へらりと笑う。鬼面さんの手がそっと目元を撫でた。
「眠れていないのか」
「あはは……」
鬼面さんの言葉に心臓が跳ねる。料理ができるようになったあの日から、私はあまり眠れていなかった。
「最近、ずっと猫の鳴き声が頭から離れなくて……」
私は誤魔化そうと必死に笑顔を作る。
「でも、大丈夫です。きっと、すぐに眠れるようになります。私、図太いのが長所なので!」
「無理をするな」
私の手の上に、鬼面さんの手が重なる。軽く、本当にそっと優しく手を握られた。頑張って、手加減してくれているのかもしれない。
「俺は……喋るのは得意ではない。不安にさせて悪かった」
「鬼面さん……」
「何があってもお前を守る。だから……安心して眠れ」
鬼面さんのたどたどしい言葉に胸が締め付けられる。触れられた手は冷たいのに、彼の言葉は私の心を温めてくれる。
「はい。ありがとうございます」
私は嬉しくて力いっぱい、彼の手を握り返した。
「鬼面さんがそばに居てくれるなら、何も怖くないですね!」
こんな真っ暗で不気味な世界の中でも、鬼面さんがいてくれるなら大丈夫だと思える。
「あっ……」
不意に赤い桜の木が見えた。血のように赤い桜の木。
「もっと早く鬼面さんと会えていたら……」
殺された友人の顔が頭に浮かぶ。私は勢いよく頭を振って、思考を切り替える。
「鬼面さん……そばにいてくださいね」
「ああ……」
お面で表情は分からないけれど、きっと微笑んでくれていると思いたい。
◇
鬼面さんが留守の間は、大体誰かが屋敷にやってくる。一番多いのは包帯さん、その次に朱角さん。
そして――
烏くんだ。
「めーじゃ、あそぼ」
にこにこと笑いながら、羽をパタパタと動かす。ご機嫌な様子で動く羽は、小型犬のしっぽのようだ。
「いいよ」
私は少し屈んで、烏くんと目を合わせる。丸い金色の瞳が私を見つめている。ふと、満月のような目をした彼を思い出す。朱角さんと鬼面さんが警戒していた、あの眼帯の男性。
「めーじゃ、『らこく』が『まってる』よ〜」
「あ、ごめんね。すぐ乗るから……」
巨大な烏の羅黒さんの背中の上に恐る恐る乗った。空を飛ぶと、街の景色がよく見える。半妖さん達で溢れかえった昏迷の国。元の世界に帰る方法を知っている半妖さんはいるのかな。
「『かぜ』が『きもちいい』ね」
「烏くん。眼帯をした半妖さんを知ってる? 紺色の髪に、金色の瞳をした半妖さん」
「しってるよ〜」
烏くんは目を閉じて、心地良さそうに風を感じている。楽しそうに、羅黒さんの背中をポンポンと叩き始めた。
「『ほうたいさん』は『がんたいさん』が『だいきらい』なんだよ〜」
「眼帯さん……」
やっぱり名前は、見た目からきてるんだ。私の知っている半妖さん達は、名前が見た目から付けられている。
「あれ、朱角さんって……」
思えば、彼だけは名前と見た目が一致しない。狼みたいな耳と尻尾を持った朱角さん。彼の頭に角なんてなかった。
「『しゅかく』は『とくべつ』なんだよ。『がんたいさん』の『おきにいり』だったからね〜」
「どういう意味?」
「ん〜。もう『つかれた』から、また『こんど』ね」
そう言って、烏くんは口を閉ざした。羅黒さんの毛の中に顔を埋めて、ころころと転がる。
「眼帯さん……どんな半妖さんなのかな」
朱角さんや包帯さんとの関係も気になる。あまり、深入りしない方が良いんだろうな。
「『みえてきた』ね〜」
「あれは……家?」
ポツンと森の奥に建つ屋敷。鬼面さんの屋敷よりは小さいけれど、それでも立派な大きい屋敷だ。
羅黒さんは屋敷の前に降り立つ。烏くんは羅国さんの上から飛び降りて、屋敷の玄関に走った。
「しゅかく〜! 『あそび』に『きた』よ〜」
「だー!! うるせー!!」
朱角さんは屋敷から出てくると、烏くんの顔を鷲掴みにした。烏くんは嬉しそうに声を上げている。
「わ〜。しゅかく、『いたい』よ〜」
「あ? よわよわ女もいるじゃねぇか」
烏くんの悲鳴を無視して、朱角さんが私の方を見た。
「こんにちは〜」
「遊びに来たって……俺の家には何もねぇぞ」
朱角さんは呆れたように、半目でこちらを見ている。
「しゅかく、『おにごっこ』しようよ〜」
「はぁ? 俺がそんなガキみてぇなことするかよ」
「『おれ』は『はやい』よ〜。『しゅかく』よりはやい」
烏くんの言葉に、朱角さんは怒り出す。片手で烏くんの顔をギリギリと掴んでいた。
「上等だ! 俺が一番速いことを教えてやるよ!」
「やった〜」
烏くんは嬉しそうに、その場で跳ねた。朱角さんは、森を指さして叫ぶ。
「烏! よわよわ女! 三十秒だけ数えてやる。今すぐ走りやがれ!」
「え! 私もですか!」
微笑ましい目で見守っていた私は、慌てて走り出した。朱角さんは秒数を数え始める。
「にげるよ〜」
「え! 走るの速すぎ!」
すごい速さで走り出した烏くんに唖然とする。これ、完全に私の勝ち目ないのでは。
私は、とりあえず近くの茂みに隠れた。
「これは、もはや隠れんぼ……」
小声で呟く私のすぐ隣から声がする。
「お前が逃げやすいようにしてやったんだよ」
「ひえっ! 朱角さん!」
目を見開いて逃げ出す。そんな私を見て、朱角さんは不敵に笑った。
「楽しませろよ、人間」
「無理、無理っ! 無理だって!」
付かず離れずの距離で追い回されるのは、恐怖以外のなにものでもない。
最初の頃の怪物に追いかけられていた時のことを思い出す。息切れを起こして、パニックになりそうだった。
「捕まえたぞ」
背後から衝撃が来て、押し倒される。逃げようとすると、足を掴まれてお腹の上に乗られた。
「朱角さん……」
怯える私を見て、朱角さんは少し驚いた様子を見せた。そして、にんまりと笑みを深める。
「良い顔だな。油断してると、俺に喰われるぞ」
「ひえっ……」
朱角さんの顔が近づいてくる。どこか艶めかしさのある表情に、恐怖とは別の感情がうまれた。思わず目を閉じる。
その瞬間――
烏くんの不満げな声が聞こえた。
「しゅかく、『おれ』を『おいかけて』よ〜」
頬を膨らませて、怒った様子の烏くん。そんな彼を見て、朱角さんはため息をつく。
「良いところだったのによぉ」
「いいところ?」
首を傾げる烏くんの頭を、朱角さんは乱暴に撫でた。
「食べられるかと思った……」
色んな意味で騒がしい心臓を抑えるように、私は着物の胸元をギュッと握りしめた。




