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第13話

縁側で休む私の隣に、鬼面さんが座ってきた。


「どうした」


「あ、いえ……なんでもないです」


私は手を振って、へらりと笑う。鬼面さんの手がそっと目元を撫でた。


「眠れていないのか」


「あはは……」


鬼面さんの言葉に心臓が跳ねる。料理ができるようになったあの日から、私はあまり眠れていなかった。


「最近、ずっと猫の鳴き声が頭から離れなくて……」


私は誤魔化そうと必死に笑顔を作る。


「でも、大丈夫です。きっと、すぐに眠れるようになります。私、図太いのが長所なので!」


「無理をするな」


私の手の上に、鬼面さんの手が重なる。軽く、本当にそっと優しく手を握られた。頑張って、手加減してくれているのかもしれない。


「俺は……喋るのは得意ではない。不安にさせて悪かった」


「鬼面さん……」


「何があってもお前を守る。だから……安心して眠れ」


鬼面さんのたどたどしい言葉に胸が締め付けられる。触れられた手は冷たいのに、彼の言葉は私の心を温めてくれる。


「はい。ありがとうございます」


私は嬉しくて力いっぱい、彼の手を握り返した。


「鬼面さんがそばに居てくれるなら、何も怖くないですね!」


こんな真っ暗で不気味な世界の中でも、鬼面さんがいてくれるなら大丈夫だと思える。


「あっ……」

 

不意に赤い桜の木が見えた。血のように赤い桜の木。


「もっと早く鬼面さんと会えていたら……」


殺された友人の顔が頭に浮かぶ。私は勢いよく頭を振って、思考を切り替える。


「鬼面さん……そばにいてくださいね」


「ああ……」


お面で表情は分からないけれど、きっと微笑んでくれていると思いたい。



鬼面さんが留守の間は、大体誰かが屋敷にやってくる。一番多いのは包帯さん、その次に朱角さん。


そして――


烏くんだ。


「めーじゃ、あそぼ」


にこにこと笑いながら、羽をパタパタと動かす。ご機嫌な様子で動く羽は、小型犬のしっぽのようだ。


「いいよ」


私は少し屈んで、烏くんと目を合わせる。丸い金色の瞳が私を見つめている。ふと、満月のような目をした彼を思い出す。朱角さんと鬼面さんが警戒していた、あの眼帯の男性。


「めーじゃ、『らこく』が『まってる』よ〜」


「あ、ごめんね。すぐ乗るから……」


巨大な烏の羅黒さんの背中の上に恐る恐る乗った。空を飛ぶと、街の景色がよく見える。半妖さん達で溢れかえった昏迷の国。元の世界に帰る方法を知っている半妖さんはいるのかな。


「『かぜ』が『きもちいい』ね」


「烏くん。眼帯をした半妖さんを知ってる? 紺色の髪に、金色の瞳をした半妖さん」


「しってるよ〜」


烏くんは目を閉じて、心地良さそうに風を感じている。楽しそうに、羅黒さんの背中をポンポンと叩き始めた。


「『ほうたいさん』は『がんたいさん』が『だいきらい』なんだよ〜」


「眼帯さん……」


やっぱり名前は、見た目からきてるんだ。私の知っている半妖さん達は、名前が見た目から付けられている。


「あれ、朱角さんって……」


思えば、彼だけは名前と見た目が一致しない。狼みたいな耳と尻尾を持った朱角さん。彼の頭に角なんてなかった。


「『しゅかく』は『とくべつ』なんだよ。『がんたいさん』の『おきにいり』だったからね〜」


「どういう意味?」


「ん〜。もう『つかれた』から、また『こんど』ね」


そう言って、烏くんは口を閉ざした。羅黒さんの毛の中に顔を埋めて、ころころと転がる。


「眼帯さん……どんな半妖さんなのかな」


朱角さんや包帯さんとの関係も気になる。あまり、深入りしない方が良いんだろうな。


「『みえてきた』ね〜」


「あれは……家?」


ポツンと森の奥に建つ屋敷。鬼面さんの屋敷よりは小さいけれど、それでも立派な大きい屋敷だ。


羅黒さんは屋敷の前に降り立つ。烏くんは羅国さんの上から飛び降りて、屋敷の玄関に走った。


「しゅかく〜! 『あそび』に『きた』よ〜」


「だー!! うるせー!!」


朱角さんは屋敷から出てくると、烏くんの顔を鷲掴みにした。烏くんは嬉しそうに声を上げている。


「わ〜。しゅかく、『いたい』よ〜」


「あ? よわよわ女もいるじゃねぇか」


烏くんの悲鳴を無視して、朱角さんが私の方を見た。


「こんにちは〜」


「遊びに来たって……俺の家には何もねぇぞ」


朱角さんは呆れたように、半目でこちらを見ている。


「しゅかく、『おにごっこ』しようよ〜」


「はぁ? 俺がそんなガキみてぇなことするかよ」


「『おれ』は『はやい』よ〜。『しゅかく』よりはやい」


烏くんの言葉に、朱角さんは怒り出す。片手で烏くんの顔をギリギリと掴んでいた。


「上等だ! 俺が一番速いことを教えてやるよ!」


「やった〜」


烏くんは嬉しそうに、その場で跳ねた。朱角さんは、森を指さして叫ぶ。


「烏! よわよわ女! 三十秒だけ数えてやる。今すぐ走りやがれ!」


「え! 私もですか!」


微笑ましい目で見守っていた私は、慌てて走り出した。朱角さんは秒数を数え始める。


「にげるよ〜」


「え! 走るの速すぎ!」


すごい速さで走り出した烏くんに唖然とする。これ、完全に私の勝ち目ないのでは。


私は、とりあえず近くの茂みに隠れた。


「これは、もはや隠れんぼ……」


小声で呟く私のすぐ隣から声がする。


「お前が逃げやすいようにしてやったんだよ」


「ひえっ! 朱角さん!」


目を見開いて逃げ出す。そんな私を見て、朱角さんは不敵に笑った。


「楽しませろよ、人間」


「無理、無理っ! 無理だって!」


付かず離れずの距離で追い回されるのは、恐怖以外のなにものでもない。


最初の頃の怪物に追いかけられていた時のことを思い出す。息切れを起こして、パニックになりそうだった。


「捕まえたぞ」


背後から衝撃が来て、押し倒される。逃げようとすると、足を掴まれてお腹の上に乗られた。


「朱角さん……」


怯える私を見て、朱角さんは少し驚いた様子を見せた。そして、にんまりと笑みを深める。

 

「良い顔だな。油断してると、俺に喰われるぞ」


「ひえっ……」


朱角さんの顔が近づいてくる。どこか艶めかしさのある表情に、恐怖とは別の感情がうまれた。思わず目を閉じる。


その瞬間――


烏くんの不満げな声が聞こえた。


「しゅかく、『おれ』を『おいかけて』よ〜」


頬を膨らませて、怒った様子の烏くん。そんな彼を見て、朱角さんはため息をつく。


「良いところだったのによぉ」


「いいところ?」


首を傾げる烏くんの頭を、朱角さんは乱暴に撫でた。


「食べられるかと思った……」


色んな意味で騒がしい心臓を抑えるように、私は着物の胸元をギュッと握りしめた。

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