第10話
私は縁側に座って赤い満月を眺める。この世界に来て何度もこの月を見た。それでも、この真っ赤な月を見慣れないのはどうしてなのかな。
「どうした、迷者」
「ん〜。なんでもないです」
私の膝の上に頭を乗せる彼岸さん。随分と小さくなってしまった彼の頭を撫でる。髪も短くなり、体も縮んでしまった。
「そういえば、クロさんはどうなったのかな……」
「あやつは容易く死ぬような半妖ではない」
目を閉じて私の手に擦り寄る彼岸さん。やはり、半妖だから情が薄いのだろうか。あまり、気にした様子はない。
「にゃあお」
聞こえてきた鳴き声にビクリと肩が跳ねる。
「迷者?」
私は彼岸さんの頭を膝から退かして、立ち上がった。彼岸さんは不思議そうにこちらを見ている。
「にゃあ」
「クロさん?」
遠くで猫の影が見えると、私はそちらへ走り出す。猫の影は門を通り過ぎて行った。
「はあ、はあ、クロさん……」
門の前で立ち尽くす。不意に誰かに肩を叩かれた。
「迷者ちゃん、何をしているのかな?」
「包帯さん!」
振り返った先にいた包帯さんに話すと、彼は顎に手を当てて考えているようだった。
「それは有り得ないよ。だって彼は俺の病院に居るからね」
「そう……ですか……」
包帯さんの病院にいるなら、さっきの猫はただの野良猫だったのかな。
「気になるなら、俺の病院に来る?」
「いえ……結構です……」
断ると、包帯さんは楽しげに目を細めた。
「気をつけた方がいいかもね。半妖はみんな、ズル賢いから」
「はい。気をつけます」
「うん。良い子だね」
頭を撫でられて少し気持ち良い。優しく撫でていた手が少しずつ下へいく。やがて耳元を軽く触れられる。
「あの、くすぐったいです……」
「ん? 気持ちよくないかい?」
包帯さんはにこにこと笑いながら、耳から顎へと手を滑らせる。
「包帯さん……」
距離を取ろうとすると、包帯さんに顎をくすぐられた。
「ん……」
「ふふっ。可愛らしい子猫だね」
くすくすと彼は笑う。顔を赤くする私を包帯さんは慈しむような目で見ている。
「迷者……」
包帯さんとじゃれ合っていると、彼岸さんがズリズリと這いずりながらやってきた。
「おや。治療が必要そうな患者だね」
「ダメですよ!」
不穏な空気を出し始めた包帯さんに、私は急いで彼岸さんに駆け寄る。
「俺の味方は迷者だけだ……」
「はぁ。仕方ないですね」
頬を擦り寄せて甘えてくる彼岸さんを抱きしめていると、背後から凄まじい殺気を感じた。
「迷者ちゃん、彼は治療が必要なんじゃないかな」
ノコギリを構える包帯さんに、すかさず彼岸さんを抱えて距離をとる。
「彼岸さんは無害なので……大丈夫です……」
彼岸さんをぎゅっと抱きしめる。今の彼を守れるのは私しかいない。
「見逃してあげてください!」
「はぁ……迷者ちゃんは騙されやすくて心配だよ」
包帯さんは眉を下げて、気遣うように私を見ている。
「あまり、半妖に気を許しすぎないでね」
「はい……」
絆されているのは分かっているけれど、今さらどうしようもないのだ。




