第9話
投げ飛ばされた先で鬼面さんに抱きとめられる。
「っ……」
無意識に彼岸さんの方を向こうとすれば、鬼面さんに顎を掴まれた。
「鬼面さん……?」
「…………」
無言でジッと顔を見つめられる。彼岸さんの呻き声が聞こえると、自然と意識がそちらへ行く。
「迷者……」
彼岸さんの方へ顔を向けたくて、鬼面さんの手に触れる。すると、鬼面さんの低い声が聞こえてきた。
「俺を見ろ」
久しぶりに聞いた彼の声に、目を見開く。
「えっ……」
お面越しに彼と目が合ったような気がした。顎を掴んでいた手がそっと目元を隠す。
次の瞬間――
唇に冷たい感触がした。
「っ……」
一瞬だけだったけれど、確かに彼の唇の感触がした。顔に熱が昇っていく。
「鬼面さん……」
目元を隠す手が離れると、彼はもうお面をつけていた。固まる私を置き去りにして、鬼面さんは地面に倒れる彼岸さんの方へ歩き出す。
「待ってください!」
刀に手をかける鬼面さんの腕を掴む。彼は彼岸さんの方へ一瞬だけ顔を向けると、そのまま私を抱き上げた。
「え? え? 鬼面さん?」
彼は何も言わずに朱角さんの方へ歩き続ける。朱角さんは屋根から飛び降りると、気味の悪いもの見るような目でこちらを見た。
「マジかよ。おえっ! 甘ったるすぎだろ!」
「見られてたんだ……」
顔が熱すぎて、灰になりそう。鬼面さんは何も言わないけど、彼岸さんを見逃してくれるのかな。
「おや? 彼は殺さないんだね、鬼面」
血にまれたノコギリを持った包帯さんが現れると、私の顔は一気に青ざめていく。
「あの、クロさんは……」
「ん? 気になるかい?」
包帯さんは口元に人差し指を立てる。
「ないしょ……」
どうやら、答えてくれるつもりはないみたいだ。嫌な想像ばかりが膨らんでいく。
「それより、あの彼岸という半妖はどうするのかな。俺の病院に連れて行ってもいいかな?」
「うわ。お前、拷問する気だろ」
「どうだろうね……」
不穏な会話にゾクリと身震いすると、鬼面さんがあやす様に抱き寄せてくれる。
「鬼面さん、ありがとうございます」
「ふっ……」
耳元で小さな吐息が聞こえてきた。驚いて彼の顔を見るが、お面は包帯さん達の方を向いていた。
「迷者ちゃん、君はあの男をどうしたい?」
突然、包帯さんに話しかけられた。彼はノコギリで自身の肩をトントンと叩きながら、小首を傾げている。
「えっと……彼岸さんには色々と酷いことをされました。でも、死んで欲しくはないです」
「なるほどね……」
包帯さんは目を閉じて、にっこりと微笑んだ。
「迷者ちゃんが言うなら仕方ないか。あれだけ力を失えば、死んだも同然だしね」
そう言って、彼はくるりと背を向けた。
「帰ろうか、迷者ちゃん」
「はい!」
結局、元の世界のことは何も分からなかった。だけど、この世界のことがほんの少しだけ、悪くないと思えた気がした。
◇
鬼面さんの庭で、彼岸さんに後ろから抱きしめられている。
「なんでこうなったのかなぁ」
「迷者、考え事か?」
現在、鬼面さんの屋敷内に何故か侵入している彼岸さん。そして、刀を構えている鬼面さん。
「なんで、いるんですか?」
「迷者の気配を辿ってここまで来た。死に物狂いで来たのだ」
誇らしげに言う彼岸さんにため息が零れた。
「今の俺は、ほとんどの力を失った幽霊のようなものだ。この屋敷から出れば、他の半妖に喰われて死ぬ。居候させろ、鬼面」
ふてぶてしく言い放つ彼岸さんに、鬼面さんは無言で彼の首元を掴んだ。
「放り投げる気か。非情なやつだ」
私は慌てて、鬼面さんを止めに行く。
「あの、ほら、お手伝いさん! 私の家事を手伝ってくれる人が欲しかったんです!」
流石に無理のあるお願いだと自覚している。けれど、目の前で誰かが死ぬのは嫌だから。
「ダメですか……?」
鬼面さんは彼岸さんを地面に叩きつけた。
「迷者……あんたは優しいな」
彼岸さんはズリズリと体を引きずりながら、私の方へ寄ってくる。小さな子供のように私の腕に抱きついて頬を擦り寄せてきた。
「ふんっ!」
彼岸さんは鼻を鳴らして、鬼面さんにドヤ顔を見せつける。
とりあえず、鬼面さんを煽るのはやめて欲しいな。




