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第11話

私は今、台所で一人立ち尽くしている。いや、彼岸さんを抱っこしているので、一人ではないけれど。


「迷者。まともな食事をしなければ、体を壊してしまうぞ」


「うーん、正論……」


鬼面さんが出してくれる食事は、基本的に毒々しいあの焼き魚のみだ。そして、台所には一切の調味料や食材はない。


「せめて、あの魚を美味しく調理出来たらなぁ」


ポツリと呟けば、彼岸さんが言う。


「外に出て、お狐に食材を頼めばいい」

 

「お狐?」


初めて聞く名前に首を傾げる。


「商人だ。俺もあんたを監禁してた時に、食材を頼んでいた」


「さらっと監禁って言った……」


監禁してた自覚あったんだ。彼岸さんは誤魔化すように、私の肩に擦り寄る。


「うーん。だけど、私はただの居候の身だから、鬼面さんに言いにくいんだよね」


「あんな男、いくらでも利用してやればいい」


彼岸さんは、吐き捨てるように言い放つ。


すると――


後ろから伸びてきた手が、彼岸さんの首根っこを掴んだ。


「あ、鬼面さん」


鬼面さんは無言で、彼岸さんを掴みあげた。


「丁度いい。鬼面、迷者にまともな食事を与えろ」


「…………」


鬼面さんは、彼岸さんを床に投げ捨てる。そして、私の方を見て言う。

 

「街へ行くぞ」


「わぁ! ありがとうございます」


私は笑顔でお礼を言う。すると、ズリズリと這いよってきた彼岸さんが、私の着物の裾を噛んで引っ張るのだった。


「あ、彼岸さんはお留守番ですよ」


彼は唖然と口を開けた状態で固まる。


「なぜだ……」


「外は危ないですから、お家で留守番しててくださいね」


屈んでにっこりと微笑むと、彼岸さんは頬を膨らませる。


「俺のためなら……仕方ないな……」


鬼面さんの方を向けば、彼は手を差し出していた。私は迷いなく彼の手をとる。


「お願いしますね、鬼面さん!」


鬼面さんは私の手をそっと握ってくれた。



様々な姿をした半妖たちが溢れかえる街。けれど、鬼面さんの隣を歩いていると、誰も近寄ってこない。


「鬼面さん、どこに向かっているんですか?」


「狐のところだ」


狐と呼ばれる商人。どんな姿をしているのかな。あんまり、怖い見た目だと嫌だなぁ。


そんな風に悶々と考え事をしていると、不意に手をぎゅっと握られる。大きくて少し硬い彼の手から、冷たい温度が伝わってくる。


「鬼面さん……」


やっぱり鬼面さんは、かっこいいんだよね。無口だし何を考えているのか分からなくて最初は怖かった。だけど、一緒に暮らしていると、自然と彼の不器用な優しさが愛おしくなってしまった。


「おー! 鬼面とよわよわ女じゃねぇか!」


不意に聞こえてきた声に顔を上げる。朱角さんがこちらに手を振って走りよってきた。


「奇遇だな!」


「よわよわ女……」


何かすごい不名誉なあだ名をつけられてしまった。半目で朱角さんを見ると、彼は大型犬のように尻尾を振っている。


「まあ、いいか……」


にぱっと笑う彼の姿に毒気が抜かれる。


「どこ行くんだよ」


「お狐さんのところです」


「ああ、守銭奴狐のところか。俺もついて行くぜ」


そう言って朱角さんは、私の隣を歩く。


「あいつは油断すると、ぼったくるからな。俺はあいつ嫌いだ」


「えぇ……大丈夫かな……」


「包帯の野郎は、あいつをガキだと思ってるらしいぜ。あんなやつのどこがガキなんだよ」


朱角さんは不満げな声を出している。包帯さんが子供判定しているなら、見た目は子供なんだろうな。


しばらく歩くと、屋台のような出店が見えてきた。


「おや〜? 人間のお客さんとは珍しいなぁ」


狐の面をつけた少年が立っている。緑色の和服に短い金色の髪。声は高く、少年と少女の間くらいの声だ。


「ふむ。人の子が迷い込んでいるね」


少年の隣には眼帯をつけた男性が立っていた。紺色のオールバックの髪に黒い眼帯。金色の瞳は、満月みたいで綺麗だった。

 

「げぇ!! ドブ医者!!」


朱角さんが突然、大声を出した。


「朱角さん?」


「俺、帰るわ。あのドブ医者とだけは関わりたくねぇ」


朱角さんはジリジリと後ずさる。私は眼帯の半妖さんを見るが、穏やかな微笑みを向ける彼は悪い半妖さんには見えない。


「優しそうに見えるけど……」

 

「クソ医者のさらに上を行くドブ医者だぞ」


「えぇ……」


ふと、鬼面さんが私の前に立った。心なしか、彼からピリピリとした殺気を感じる。


「鬼面さん、どうしました?」


「下がれ」


まさに一触即発といった雰囲気が流れ始める。額を冷や汗が伝っていった。


そのとき――


パンッと手を叩く音がした。

 

「営業妨害ですよ。全員、お金を払ってください」


冷たい空気を取り払うように、狐の面をした少年が手を叩いたのだ。


「すまないね、お狐くん。ほら、これはほんの気持ちだ」


「わぁ! こんなにたくさん……」


「私はもう行くよ。すまなかったね」


一瞬だけ、眼帯の半妖さんと目が合う。満月のような瞳が細まるのが見えた。


「それじゃあ、またね」


眼帯の彼は、ふっと笑みを浮かべて去る。狐面の少年は甘ったるい声で、手を振って眼帯の半妖さんを見送った。


「また、よろしくお願いします〜」

 

眼帯の半妖さんが居なくなると、空気がふっと和らぐ。


「それで? あなたがたは何の御用ですか?」


狐面の少年は、腰に手を当ててこちらを見た。

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