第11話
私は今、台所で一人立ち尽くしている。いや、彼岸さんを抱っこしているので、一人ではないけれど。
「迷者。まともな食事をしなければ、体を壊してしまうぞ」
「うーん、正論……」
鬼面さんが出してくれる食事は、基本的に毒々しいあの焼き魚のみだ。そして、台所には一切の調味料や食材はない。
「せめて、あの魚を美味しく調理出来たらなぁ」
ポツリと呟けば、彼岸さんが言う。
「外に出て、お狐に食材を頼めばいい」
「お狐?」
初めて聞く名前に首を傾げる。
「商人だ。俺もあんたを監禁してた時に、食材を頼んでいた」
「さらっと監禁って言った……」
監禁してた自覚あったんだ。彼岸さんは誤魔化すように、私の肩に擦り寄る。
「うーん。だけど、私はただの居候の身だから、鬼面さんに言いにくいんだよね」
「あんな男、いくらでも利用してやればいい」
彼岸さんは、吐き捨てるように言い放つ。
すると――
後ろから伸びてきた手が、彼岸さんの首根っこを掴んだ。
「あ、鬼面さん」
鬼面さんは無言で、彼岸さんを掴みあげた。
「丁度いい。鬼面、迷者にまともな食事を与えろ」
「…………」
鬼面さんは、彼岸さんを床に投げ捨てる。そして、私の方を見て言う。
「街へ行くぞ」
「わぁ! ありがとうございます」
私は笑顔でお礼を言う。すると、ズリズリと這いよってきた彼岸さんが、私の着物の裾を噛んで引っ張るのだった。
「あ、彼岸さんはお留守番ですよ」
彼は唖然と口を開けた状態で固まる。
「なぜだ……」
「外は危ないですから、お家で留守番しててくださいね」
屈んでにっこりと微笑むと、彼岸さんは頬を膨らませる。
「俺のためなら……仕方ないな……」
鬼面さんの方を向けば、彼は手を差し出していた。私は迷いなく彼の手をとる。
「お願いしますね、鬼面さん!」
鬼面さんは私の手をそっと握ってくれた。
◇
様々な姿をした半妖たちが溢れかえる街。けれど、鬼面さんの隣を歩いていると、誰も近寄ってこない。
「鬼面さん、どこに向かっているんですか?」
「狐のところだ」
狐と呼ばれる商人。どんな姿をしているのかな。あんまり、怖い見た目だと嫌だなぁ。
そんな風に悶々と考え事をしていると、不意に手をぎゅっと握られる。大きくて少し硬い彼の手から、冷たい温度が伝わってくる。
「鬼面さん……」
やっぱり鬼面さんは、かっこいいんだよね。無口だし何を考えているのか分からなくて最初は怖かった。だけど、一緒に暮らしていると、自然と彼の不器用な優しさが愛おしくなってしまった。
「おー! 鬼面とよわよわ女じゃねぇか!」
不意に聞こえてきた声に顔を上げる。朱角さんがこちらに手を振って走りよってきた。
「奇遇だな!」
「よわよわ女……」
何かすごい不名誉なあだ名をつけられてしまった。半目で朱角さんを見ると、彼は大型犬のように尻尾を振っている。
「まあ、いいか……」
にぱっと笑う彼の姿に毒気が抜かれる。
「どこ行くんだよ」
「お狐さんのところです」
「ああ、守銭奴狐のところか。俺もついて行くぜ」
そう言って朱角さんは、私の隣を歩く。
「あいつは油断すると、ぼったくるからな。俺はあいつ嫌いだ」
「えぇ……大丈夫かな……」
「包帯の野郎は、あいつをガキだと思ってるらしいぜ。あんなやつのどこがガキなんだよ」
朱角さんは不満げな声を出している。包帯さんが子供判定しているなら、見た目は子供なんだろうな。
しばらく歩くと、屋台のような出店が見えてきた。
「おや〜? 人間のお客さんとは珍しいなぁ」
狐の面をつけた少年が立っている。緑色の和服に短い金色の髪。声は高く、少年と少女の間くらいの声だ。
「ふむ。人の子が迷い込んでいるね」
少年の隣には眼帯をつけた男性が立っていた。紺色のオールバックの髪に黒い眼帯。金色の瞳は、満月みたいで綺麗だった。
「げぇ!! ドブ医者!!」
朱角さんが突然、大声を出した。
「朱角さん?」
「俺、帰るわ。あのドブ医者とだけは関わりたくねぇ」
朱角さんはジリジリと後ずさる。私は眼帯の半妖さんを見るが、穏やかな微笑みを向ける彼は悪い半妖さんには見えない。
「優しそうに見えるけど……」
「クソ医者のさらに上を行くドブ医者だぞ」
「えぇ……」
ふと、鬼面さんが私の前に立った。心なしか、彼からピリピリとした殺気を感じる。
「鬼面さん、どうしました?」
「下がれ」
まさに一触即発といった雰囲気が流れ始める。額を冷や汗が伝っていった。
そのとき――
パンッと手を叩く音がした。
「営業妨害ですよ。全員、お金を払ってください」
冷たい空気を取り払うように、狐の面をした少年が手を叩いたのだ。
「すまないね、お狐くん。ほら、これはほんの気持ちだ」
「わぁ! こんなにたくさん……」
「私はもう行くよ。すまなかったね」
一瞬だけ、眼帯の半妖さんと目が合う。満月のような瞳が細まるのが見えた。
「それじゃあ、またね」
眼帯の彼は、ふっと笑みを浮かべて去る。狐面の少年は甘ったるい声で、手を振って眼帯の半妖さんを見送った。
「また、よろしくお願いします〜」
眼帯の半妖さんが居なくなると、空気がふっと和らぐ。
「それで? あなたがたは何の御用ですか?」
狐面の少年は、腰に手を当ててこちらを見た。




