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二巡目(三日目)

 三日目。


 二時間の仮眠から目を覚ますと、窓の外は寝た時の暗闇とは違って薄明に包まれていた。


 敷物から体を起こし、微かに残った眠気を払うため窓を開けて風に当たる。


 今日は夕方に浄化(じょうか)の儀式がある。


 それがユミルの死に密接しているのかどうかはまだ判然としないが、儀式が行われるまでに何かしらの行動を起こさなければ【一巡目】を辿るだけだ。


 これから俺が取るべき最善の行動は……。


 しばらくの間、今日の日程を思い出しながら前日に得た情報を元に考えた。


 やがて自身のやるべきことを決め、部屋を出る。


 廊下を通ってリビングに行くと、キッチンで食器を用意しているユミルの姿があった。


 俺の姿に気づくと、なにやら残念そうな顔をする。


「あー、もう起きちゃったんだ。昨日あれだけ夜遅くまで話してたから、今日もお寝坊さんの顔を見れると思ったのにぃ」

「昨日バレたのに懲りないな」

「だってキヨツグの寝顔を見ると癒やされるんだもん。起きてる時のどこか硬い表情とは違って無垢な子供みたいに安らかで、そのギャップがたまらなくかわいい」

「小っ恥ずかしくなる感想はやめてくれ。……ったく、今日は夕方に浄化(じょうか)の儀式があるんだろ。年一の大事な日にそんなことする余裕があるのか」

「だからこそです。日常の幸せを噛みしめることで、わたしの力は高まるのです」

「そりゃ力になれなくて悪かったな。……体調は大丈夫なのか?」

「うん、絶好調! 核の瘴気もちゃちゃっと浄化(じょうか)できるぐらいに!」


 今のところユミルに異変はないか。


 やっぱり今日のどこかのタイミングで……。


「キヨツグ、ぼーっとしてる。もしかしてまだ寝たりない? もう少し寝る?」

「意気揚々と促すな。起きたばかりで脳が(にぶ)いだけだよ。朝の作業をすれば自然と直るから」

「ふふ。じゃあ一緒に朝ごはんの準備をして目を覚まそっか」

「ああ、そうだな────」


 何気ない早朝の会話を終えようとしたその時、不意に玄関のほうからドンッと大きな物音がしたあと、続けてバタバタと廊下を踏みつける音が聞こえてリビングのドアが激しく開いた。


 来訪者はアリウスさんで、快晴の朝に相応しくないほど焦燥に血相を変えている。


 俺とユミルの姿を認めると、叫ぶように声をかけてくる。


「二人ともっ! 早く避難を!」

「ひ、避難? 一体どうしたんですか?」

御神木(ごしんぼく)から火の手が上がってるんだ!」

「──え? 御神木(ごしんぼく)から火の手…………御神木(ごしんぼく)が!?」


 あまりにも唐突な話の変わり様に、一瞬理解が遅れた。


御神木(ごしんぼく)が火事になったってことですか! 一体何があったんですか!?」

「原因は分からない! 他のみんなも避難を始めてる! だから二人も早く移動し────」


 その瞬間、パリンッと高い音が響いた。


 それがユミルの手から落ちて割れた皿だと俺が気がついた時には、もうユミルは玄関に向かって一直線に走っていた。


 しかしリビングを出ようとしたところでアリウスさんに手を掴まれる。


「待てユミル! どこに行こうしてるんだ!」

「兄さん離してっ……離してよッ!」


 身を激しく振ってアリウスさんの手を振りほどき、そのまま家を出ていく。


「ユミル! 落ち着け!」と大声を上げてすぐさまアリウスさんが続く。


 一拍の間遅れて俺は二人のあとを追いかけた。


 怒涛の展開に思考が追いつかない。御神木(ごしんぼく)に異常が現れるなんて俺は知らない。一体どこで物語のルートが変わってしまったんだ。


 街の広場に集まり戸惑った様子を見せる森民たちを横目に、アリウスさんの背を追いかけた。


 だんだんと呼吸が苦しくなる。それは疾走していることだけが原因ではなく、周りの空気のせいだ。御神木(ごしんぼく)に近づくにつれ、肺を焦がすような熱気が肌に伝わる。


 やがて先の光景に佇むユミルとアリウスさんの姿が見えて────。




 そして、開けた視界は赤に染まっていた。




 御神木(ごしんぼく)はその全身を隠すほどの業火に包まれており、焼き切れた太い枝が地面に落ちて周辺を火の海へと変えさせている。上空一帯は立ち昇った黒煙で覆われ、風に乗ってやってくる高熱のせいで息がしづらい。


 なぜこんな事態に(おちい)ったのか理解できないが、ここに居れば危険なことだけは確実だ。


 一刻も早く安全な場所まで離れようと二人を促すため近づくと、ユミルは呆然と、アリウスさんは顔を強張らせて御神木(ごしんぼく)を見ていた。


 俺はユミルの手を握って引く。


「ユミル! ここにいるのは危険だ、早く離れよう!」


 しかしユミルは俺の声が聞こえていないかのように放心状態のまま、「……どうして……どうしてこんなことに……」と呟くばかり。


 ダメだ。異常な事態に我を失っている。ここはもう無理やりにでも連れていくしかない。 


 そう考えた時だった。


「うぁ……っ!」


 頭に激痛が走ったのは。


 瞬時に身に覚えのある感覚だと分かっても脳を揺さぶる痛みと気持ち悪さに平静を保てない。次第に酷さを増して立っていることすらもままならず地面に膝をつく。


 なんとか耐えようと試みるが無謀だったようで。


 俺は何も行動に移すことができないまま意識を手放した。


 最後に目に映ったのは、炎の光を受けて涙を流すユミルの顔だった。

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