二巡目(二日目)
二日目。
時刻は正午になる一時間前、俺は御神木から街のメインストリートに向かっていた。
今日は森の環境保全と御神木の様子見兼浄化の儀式の段取りをする流れで、現在、御神木にユミルとラナフィナを残して一人行動している。俺がいると邪魔になるから、もっと街の中も見て回りたいし、と理由をつけて。
前日は有益な情報を得られなかったから今日中には何としても手がかりを掴んで明日に備えたい。──と意気込んだものの、今のところ進展はない。
死地の調査時、ラナフィナと二人で話せるタイミングで浄化の儀式について訊ねてみたが、回答はユミルと同じで危険のない祭事だという認識だった。
それ以上は突っ込んだ話もできずに時間だけが過ぎてしまったため、(このまま御神木で二人のやり取りをただ聞いているよりも)街で情報収集したほうがいいと考えたのだ。
長い距離を早歩きで進み、ようやくメインストリートに着いた。
「さて、どうするか……」
聞き込みをするにも、森民たちからすれば俺は昨日やってきたばかりの余所者。ユミルがそばにいない状況で快くあれこれと教えてくれるかどうか。
その点も考えると、初対面でかなり友好的に接してくれたアリウスさんが訊きやすそうだ。俺が知りたい情報を持っているのは確実だし。
しかし、肝心な居場所が推測できない。仕事は森の内外を行き来する商人だと昨日聞いたが、ユミルは兄のことを怠けている暇人だと称し、それに対して本人は忙しいと言っていた。
どっちの論が正しいのか分からないが、一体何をしているのか見当もつかない。
「──あー! キヨツグだ!」
どうするか悩んでいた時、通りの向こう側からカイが走ってきた。リロ、ララの姿もある。
三人とも俺の元に来て見上げてくる。
「こんなところで何してんのー?」
「お前ら、ちょうど良い時に来たな。アリウスさんがどこにいるか知らないか?」
「アリウス兄? そういえば見てねぇなー。リロ、知ってるか?」
「ボク、昨日は見かけたけど今日は見てないよ。ララは?」
「わたしも知らない」
「そうか……じゃあどこに行ってそうとか心当たりはないか?」
「うーん。前は仕事でよく森の外に行ってたけど、最近は街のどこにでもいる気がするなー」
「御神木に行ったり来たりしてるところをよく見かけるよ」
「ユミル姉と一緒にいることが多いよね」
つまり神出鬼没なわけか。遊びでどこそこ回っている三人にも分からないとなればやっぱり推測は難しいな。
「なるほど、情報サンキューな」
「キヨツグはアリウス兄に何か用事でもあんのか?」
「ああ、ちょっと訊きたいことがあってな」
「ユミル姉のこと?」
「どうしてそう思うんだ?」
「だってキヨツグ、ユミル姉のことが好きなんだろ」
「何をどう考えたらそんな話になるんだよ?」
「昨日ずっと一緒にいて楽しそうだったじゃん」
「あれは道に迷ってたところを助けてもらったお礼に仕事を手伝ってただけだ」
「じゃあ何を聞きたいんだ? オレたちに分かることだったら聞けよな」
このままアリウスさんを捜しても見つかる気がしないし、子供なら無用な詮索はしないか。
「じゃあ訊くけど、お前らはユリアって名前の人を知って………………どうした……?」
その名前を出した瞬間、三人の顔が強張った。いつもの元気な姿からは想像できない険しい表情だ。ララなんて今にも泣き出しそうに眉根を寄せている。
黙ってしまったカイの代わりに、リロが会話を引き継ぐ。
「ユリア姉はユミル姉の双子のお姉ちゃんだよ。……三ヶ月前に死んじゃったんだ」
双子の姉。アリウスさんと親しい人だとは思っていたが、まさか身内だったとは。それも三ヶ月前という日が浅い時に。
辛い過去を掘り返してしまって申し訳なさを感じた反面、ユリアの情報はきっとユミルを救うことに繋がるはずだという確信めいた考えが俺の口を動かし続けた。
「何が原因か聞いてもいいか?」
「……たぶん力を使いすぎちゃったんだよ」
「治癒の力か? ユリアにも使えたってことはユリアも浄化の神子だったことか?」
「今はユミル姉だから、ユリア姉は前の、せんだいっていうやつなのかな」
「でもたしか浄化の神子はリスハート家の女系一子が引き継ぐ能力だったはず。ユミルも力が使えるのはおかしいんじゃないか?」
「ボク、むずかしいことは分かんないけど、ユミル姉たちは双子だから特別らしいよ。こんなことは過去になかったってお母さんたちが言ってるのを聞いたことがある」
双子で生まれたからどちらにも能力が遺伝したわけか。
「それで、力を使いすぎたってのは?」
「これはお母さんから聞いたことだけど、ユミル姉たちが使う力は簡単なように見えてすごく疲れることなんだって。だからいつもユミル姉に力を使わせるなって言われてて……」
「ユリア姉はカッコいい人だったんだ」
慰めるようにララの手を握ったカイが絞り出すような声で言った。
「いつも明るくまっすぐで堂々としてて、みんなを引っ張ってくれるリーダーだった。オレたちにもいろいろな遊びを教えて付き合ってくれたり、オレが父ちゃんとケンカした時なんかもずっとそばで励まして仲直りに協力してくれたり。……怪我したらすぐに治してくれて……」
「わ、わたしもいっぱい治してもらったからそのせいで……」
「ララだけじゃないよ。ボクだってみんなだってユリア姉に頼ってたから……」
「オレたちがもっとちゃんとしてればユリア姉は死ななかったのかな……」
三人の自分を責める姿を見て、一日目の疑問にようやく合点がいく。
まだ小さな子供たちでさえそう思うのだ。大人たちがより一層ユミルに対して気遣うのは当たり前だ。ラウルさんが足を治さないのもユミルの体調を気にしているからだったのか。
なんにせよ、ユリアの死は森民の心を揺さぶるほど大きな出来事だったらしい。
俺は三人の目線と同じ高さになるよう膝を曲げる。
「三人とも教えてくれてありがとう。それと嫌なことを思い出させてごめん。辛かったよな」
「べ、べつにオレはなんともねぇ」
「強がるな。大切な人を想うことは何も恥ずかしいことじゃない」
「……うん」
「────よしっ。気分を変えて遊ぶか! 今日も隠れ鬼をやってたんだろ、混ぜてくれよ」
「ボクたちはいいけど……ユミル姉の手伝いはしなくていいの?」
「ユミルは今ラナフィナと一緒に明日の儀式について話し合ってて、俺の手伝えることはもうないんだ。今から夕方まで暇だから昨日みたいに遊ぼうぜ」
「……ったく、しょうがねぇなー。そこまで言うなら混ぜてやるよ」
「ほぅ。昨日俺に追いつけずに泣きべそをかいてたのは誰だったっけ?」
「かいてねぇよ! それにキヨツグは大人なんだから当然だろ! 今日は負けないからな!」
「その強気がずっと続けばいいけどな。──ララも俺がいていいか?」
「……うん、わたしもキヨツグと遊びたいっ」
三人の明るい気持ちを取り戻せてホッとしつつ、俺たちは鬼を決めるジャンケンを始めた。
────それから(途中で昼食を挟みつつ)思いっきり遊び尽くして時刻は日暮れになる。
俺はメインストリートの地べたに尻をつけて座る。近くの休憩スペースに行く元気すらない。
カイたちは疲労困憊する俺を取り囲んで見下げてくる。
「よっしゃあ! 勝負はオレの勝ちだな!」
「キヨツグ、始めはすごかったけど、どんどん遅くなっていったね」
「わたしでも追いつけたよ」
「くそぉ……持久戦はお前らのほうに分があったか」
もうこの街の見取り図は頭に入っているから隠れた場所を捜すのは容易だったが、さすがに長時間のランニングは体に堪える。ほんと子供の体力って計り知れないな。
「──あ、ユミル姉だ!」
そのララの声に振り向くと、御神木の方面から歩いてくるユミルの姿があった。
ユミルは自分の体に抱きついてくるララの頭を撫でながら俺たちを見る。
「ずっとみんなで遊んでたの?」
「うん! 隠れ鬼をやってたの! キヨツグとカイが勝負して面白かったよ!」
「へぇ、そうなんだ。どっちが勝ったのかな?」
「この俺たちの状態を見れば分かるだろ」
げっそりとした俺と、腕を組んで得意げなカイを見比べて「たしかに一目瞭然だね」と笑う。
「ユミルのほうは済んだのか? やけに長かったな」
【一巡目】では正午を少し跨いだぐらいに終わっていたはずだが。
「儀式の段取りはお昼を少し過ぎた頃にもう終わってたよ。そのあとラナフィナの家に寄ってお喋りしてたから遅くなったんだ」
なるほど。俺が御神木に留まらなければそういう流れになるのか。
「そんなに長く何を話してたんだ?」
「んーっとね。この森の存続についての、とーっても大事な話だね」
「大事な、か……そこまで強調されると気になってくるな」
「まぁ七割は雑談だったけども」
「ほぼ他愛のないお喋りじゃないか。勿体ぶる意味があったの……」
「──おー……みんなで集まって何してるんだ?」
会話の途中で、ユミルとは正反対の方向からアリウスさんがやって来た。そういや【一巡目】もこのぐらいの時間に会ったか。
やっぱり何かお疲れのご様子でいつもの覇気がない。
「あ、さぼりまのアリウス兄だ」
「ひまじんのアリウス兄だ」
「しすこんのアリウス兄だ」
「……ユミルはオレのことをみんなに何て伝えてるんだ」
「見たそのまんまですよー」
可哀想に。相変わらずユミルからの信頼性が皆無だ。
「みんな誤解してるようだけど、オレは忙しい身なんです」
「どこが?」
「色々です。……それで。ユミルとキヨツグ君はみんなの遊び相手になってあげてたのか?」
「またそうやってはぐらかして…………キヨツグはそうだけど、わたしは兄さんと同じで今みんなと合流したの」
「ん? 今日はキヨツグ君と一緒にいたわけじゃないのか?」
「昼前ぐらいまでは一緒に森の環境保全の仕事をして、そこからは別行動してたよ」
「そうか……てっきり一日中ずっと一緒にいて、みんなと遊んでたものとばかり」
「わたしはキヨツグの保護者かっ。大体兄さんが道案内してくれないからそうなってるわけだし、そもそも明日は大事な浄化の儀式なんだから遊んでられないでしょうが」
「べつに浄化の神子だからって気負わなくてもいいんだぞ。遊びたい時は遊んでいいし、気分がそぐわないなら日にちをずらしてもいい。何なら役目を放棄したって誰もとがめ……」
「ダメだよ」
ユミルは真面目な声で遮り、どこか悲哀を帯びた顔をする。
「これはわたしにしかできないことなんだよ。ここで投げ出したら、これまでの浄化の神子たちの想いを無いものにしてしまう。それだけは絶対に嫌なの」
「浄化の力はユミルが自分で選んだわけじゃない。そこまで責任を感じる必要はないんだ」
「兄さんの言いたいことや気持ちはうざったいほど分かるけど、この想いだけは譲れない」
「…………その考えはこの先も変わらないのか?」
「うん。何があっても変わらないよ」
淀みのない声音で答えるユミルに、アリウスさんは一瞬だけ沈痛な表情をして「……ほんとに頑固な妹だな」と小さく呟いた。
そしてすぐに黙ったままの俺たちを振り向くと、苦笑いを浮かべる。
「変な空気にしてごめんな。ユミルがお兄ちゃんの言うことをなかなか聞かないからさ」
「わたしに責任転嫁しないで。兄さんの頭が固いんだよ」
「そっくりそのまま言葉をお返ししたいな。──じゃあオレはこれからラナフィナに用事があるからこのへんで。そろそろ暗くなる頃だし、みんなも早く家に帰るんだぞ」
アリウスさんは軽く手を振り、去って行った。
「まったく。急に現れたと思ったらわたしの気持ちも知らないで勝手なことを……」
「…………」
そのあと、流れ的にカイたちとも別れてユミルとともに家路についた。
道中では、今日の昼以降の出来事をそれぞれ話したが、俺は先ほどの兄妹のやり取りが忘れられずあまり会話に集中できなかった。
***
就寝時間。
俺は借りた自室で、ランタンをそばに置いて壁に凭れかかる。なんとなしに窓のほうを見ると、当たり前に外は何も見えない真っ暗闇だ。
遊び疲れた体に脱力感とともに眠気がやってくるが、眠っている場合じゃない。
明日はユミルの身に悲劇が起きる。夕方の儀式が行われるまでに対策しなければならない。今のところ特に目立った行動はしていないから、【一巡目】と同じルートを辿ると思っていたほうがいいだろう。
今日得た情報を頭の中で整理していると、廊下に続くドアが音も立てずに傾いた。
その隙間から覗く、銀髪と翡翠の瞳。
「……部屋を借りてる身であれだけど、できれば開ける前にノックしてほしいな」
声を投げかけると、ユミルは体をびくっとさせてからおずおずと部屋に入ってきた。
取って付けたような笑みを浮かべる。
「ごめんごめん。もう寝てたら起こしちゃうと思って」
「本当にそうかぁ? 寝込みを襲う気じゃなかったんだろうな」
「まさか。キヨツグにはわたしがそんなことするような人に見えてるの?」
「だって今日の朝、俺を起こそうとせずにじぃーっと寝顔を観察してたじゃないか」
「え!? なんでバレてっ!? ……もしかして起きてた……?」
「いや、ぐっすり寝てたよ。カマかけてみただけなんだけど、本当にそんなことしてたんだな。人の寝顔を食い入るようにまじまじと、ねぇ」
「〜〜〜っ。ちょこっとの間だけだったからべつにいいじゃん!」
「立場が逆でも同じことが言えるか?」
「……それは恥ずかしいかもです……ごめんなさい……」
「分かればよろしい。──それで。俺に何か用事か?」
【一巡目】でもユミルは俺の元に来た。あの時は俺の過去を話す流れになってしまったが、本当は何か伝えたいことがあったのかもしれない。
ユミルは「隣いいかな?」と言って俺が頷くと、少し間を空けて横座りする。
「用事ってほどのことじゃないけど、昨日から時々キヨツグの様子がおかしかったからどうしたのかなってね。どこかわたしに対して気を遣ってるような気がして」
「まったく自覚がない」
「ごまかしは効かないよ。わたしの勘は当たるんだから。……もしかしてわたしのことについて誰からか聞いた?」
隠し立てしてもしょうがないか。
今日カイたちから聞いた情報を話すと、ユミルは別段驚きもせずに「そっか」と呟くように言い、すぐにからかうような笑みを向けてくる。
「まさかキヨツグがこそこそと他の人に聞くほどわたしのことを深く知りたがってたなんてね。何か理由でもあるのかな?」
「好きになった人のことを知りたいって思うのはそんなに変か?」
「いやいや一目惚れにしても行動が早すぎるでしょ。嘘なのが見え見えですよー」
「そっちこそ、茶化して話題を逸らす気が見え見えだぞ」
「むぅ。せっかく人が重たい雰囲気になるのを防ごうとしてあげてるのに」
「余計に気を遣うだろ。それに重たい話でお互いを慮るほど俺たちは親しい間柄じゃないしな」
「それはそれで悲しい気もするけどね」
ユミルは俺から顔を逸らして、膝を抱える。
「ユリアの死は突然で早すぎる出来事だったんだ。三ヶ月前の何でもないあの日、いつものようにこの家に会いに行ったら自室で倒れてる姿を発見して…………そこからわたしもみんなも大混乱だったよ。前日までは普通に会話ができるほど元気だったからね」
「……カイたちは力を使いすぎたことが原因って言ってたけど、それは本当なのか?」
「うん。もうこの際だからぶっちゃけるけど、浄化の力は対象物を治癒するものじゃなくて、実際は対象物の病の根源となる瘴気を浄化の神子の体内に移す力なの」
「体内に移した瘴気はどうなるんだ?」
「そのまま消えずに蓄積していくよ。だから生死に関わる大怪我や、御神木の核の瘴気を取り込めば取り込むほど体を蝕んで寿命を縮めることになる」
「つまりユミルのお姉さんは短期間に大量の瘴気を取り込んだってことか?」
「ユリアはわたしと違って人一倍正義感が強かったからね。みんなの気遣いを撥ね除けて片っ端から怪我人を治療してたし、死地を広がらせないように御神木の核の瘴気を大量に取り込んだとしても不思議じゃない」
前にラナフィナが言っていた、死地の広域化について以前よりもマシになったというのは、ユリアの身命を賭した浄化が関係していたのか。
「お姉さんは早すぎたとしても、浄化の神子の役割が御神木の存続である以上、どうしても瘴気を体内に取り込むわけだから普通の人よりもその……」
「うん、寿命は大体三十前後になる。お母さんが亡くなったのも三十二歳だったから」
「そんなに短いのか…………ユミルも?」
「短命に例外はない。その代わりに授かった力だからね、しょうがないよ」
「…………」
「ほーら、暗い空気になった。親しい間柄じゃないから気遣わないんじゃなかったの?」
「さすがに命の話を持ち出されて気丈に振る舞えるほど俺の心は強くない」
あれだけアリウスさんが必死になって説得する理由も頷けた。浄化の儀式をすることは森を生かす反面、ユミルの命を縮めることに繋がるのだから。
「まぁ、それはキヨツグだけじゃないけどね。兄さんも街のみんなも同じ気持ちを向けてくる。それにきっとお父さんだってそう……」
「お父さん? そういえばまだ会ってないな」
「お父さんは森の外で暮らしてるよ。兄さんは仕事でちょくちょく会ってるらしいけど、わたしはお母さんが亡くなって以来ずっと会ってないなぁ」
どうして一緒にいないのか訊ねる前に、ユミルは言葉を続ける。
「お父さんも今のキヨツグみたいに森に迷ってこの街にやってきたんだって。そこで偶然に道案内したのが、当時浄化の神子のお母さんだったらしいよ」
「なんか今の俺たちみたいな状況だな」
「つまりキヨツグはこれからわたしにぞっこんになるわけか……」
「現状が、って話だ。すべてが同じ経緯を辿るなんてどんな創作話だよ」
「ふふ、ざんねん。……でもだからこそかな。お父さんは浄化の神子の在り方に疑問を抱いてた。君を犠牲にしてまで森を守ることに何の意味があるのかって、お母さんに訴え続けてた」
「…………」
「でもお母さんがその説得に応じることはなくて、やがて体内にある瘴気の量が限界を迎えた。お父さんはお母さんの死を酷く悲しみ、わたしたちに謝ってこの森を去って行ったの。たぶんユリアやわたしがお母さんと同じになるところを見たくなかったんだと思う」
「過去にそんなことが……」
【一巡目】では知れなかった、いや知ろうともしなかった家族の話。ユリアのこともそうだが、ユミルもアリウスさんも普段の態度が明るいからそんな悲しい過去を背負っているなんて思いもよらなかった。
そこで沈黙が訪れる。
しばらくしてユミルは気持ちを入れ替えるように「んー」と両腕と足を伸ばした。
「なんかわたしの身の上話になっちゃった。他人の不幸話なんて退屈なだけだよね」
「そんなことない。聞けてよかったと思ってるし、何より話してくれた事実が嬉しかった」
「そう? わたしもなんか心がスッキリした感じがする」
「俺は耳を傾けてただけだよ」
「言葉に出さずとも、親身になって聞いてくれてることが分かったからね。……でも一つだけ。キヨツグに勘違いしてほしくないのは、何もわたしは浄化の神子を押し付けられたわけじゃなくて自ら望んでやろうとしてるってこと」
「だけど、力を受け継いだのは偶然だ。言ってしまえば、ユミルは自分の意志に関係なく浄化の神子という運命を決定づけられたことになるんじゃないか?」
「それは違うよ。浄化の神子を継承する時はラナフィナから色々と教わることが仕来りなんだけど、ラナフィナは最後にちゃんと選ばせてくれたんだ。浄化の神子をするのかしないのか。周りの意見や森の存続とか関係ない、自身の想いで決めてほしいって。ユミルの想いを尊重するって」
「あの自尊心の塊のようなラナフィナがそんな人想いなことを……」
「普段は小言が多いけど、本当は優しい人なんだよ。特に誰よりも浄化の神子に寄り添って生きてきたから、他の人よりも思うことがあるんじゃないかな」
たしかに長命なら俺たちとは経験の差がかなり隔たっているし、きっと違う思考で物事を見ているのだろう。あの尊大な態度はどうにかしてほしいけど。
「結論っ。何が言いたいかと言うと、わたしは浄化の神子を誇りに思ってる。この森が未来永劫続いていくことと、森民が穏やかな時間を過ごせることがわたしの願いなんだ」
その言葉に迷いは見られなかった。
背景にどれだけ苦難があっても前だけを向いて歩もうとするその姿が、頭の中でハルと重なる。能天気でいるように見えてその実、人の為に何かを成し遂げようとする強い意志を持った表情が。
「やっぱり助けたいな」
「ん? 今なんて言ったの?」
「いや、こっちの話だ」
見ているだけで何もできないまま失うのはもう嫌だから。
これが本の物語だというのなら、心優しい彼女に相応しいハッピーエンドを迎えさせてあげたい。
滾る想いを胸に留めて、俺はそのあともユミルと言葉を交わした。
どこからか俺の過去話になり、前回と同じくユミルは優しい態度で聞いてくれた。
やがてユミルが部屋を去ったあとも俺の気持ちは冷めやらず、長い夜の始まりとなった。




