二巡目(一日目)
【二巡目】
一日目。
さわさわとした木の葉の擦れる音と、その中に紛れる小鳥のさえずり。どこか癒やされるような土草の香りに、頬を撫でる湿り気を伴った風。
俺が目を開いた時には、既視感ある巨木の森が周りに広がっていた。
「本当にただの夢じゃないんだな……」
地下室で本を読み、眠りに誘われ、起きれば森の中。ここまで偶然が重なれば疑念も消える。俺の仮説は潰えて、霧ヶ峰の話の信憑性が増してしまった。
改めて、あの本にまつわる霧ヶ峰の説明を思い出す。
要点をまとめると、ここはあの本の中であり、俺は物語の登場人物として存在しているわけだ。そしてこれは二度目。霧ヶ峰曰く、一度目の結末がバッドエンドだったということは────。
俺はかすかな記憶を頼りに一つの大木のほうを振り向いた。
そこには、こちらをじぃーっと見ている銀髪の少女がいる。
少女は目が合うと、すぐに木陰から離れて俺の元にやってくる。
「こんにちは。森の外から来た人かな?」
その優しげな微笑みに、まるで遠い昔のような懐かしさを感じて胸を締めつけた。こうして面と向かって会話をすることは二度とないと思っていたから。
「あ、あれ? 聞こえてる?」
「……ああ、ちゃんと聞こえてるよ。君の言うとおり道に迷って困ってたんだ」
「やっぱり。この森じゃ見かけない顔だからそうだと思ったよ」
彼女は俺のことを知らない。
なぜならこれは二度目の、やり直しの物語だから。
***
集落に案内されて、案内人のお兄さんを待つ間、ユミルの仕事を手伝うことになった。
健康観察で森民と会話するユミルを見ながら、考える。
すでに俺は本の中に閉じ込められた。霧ヶ峰の説明の中に自力で現実に立ち返る方法はなかったように記憶しているから、前回と同じく三日間を過ごすと思っていいだろう。
どうせ長い時間拘束されるのは決定事項なのだ。ただ時が過ぎ去るのをぼーっと待っているより、あの最悪のラストを変えることに思考を費やしたほうが賢明だ。何も重たく捉える必要はない。ゲーム感覚で考えればいいんだ。
大まかに前回の経緯を整理しよう。
一日目は健康観察、二日目は死地の調査と御神木の様子見、という平穏な日常が過ぎ、三日目の浄化の儀式でユミルに異変が訪れた。
日時からしても浄化の儀式が何かしら絡んでいると見るべきだろうが、俺は儀式について御神木の核の瘴気を払う行事ということしか知らない。
その他の浄化の神子などについても同様。【一巡目】は夢だと決めつけて完全に流れに身を任せていたから詳細な部分が不透明だ。まずは固有名詞を把握することが先決。
そして一番の手がかりとなるものは、俺が意識を失う直前かすかに聞こえたアリウスさんの「これじゃユリアと同じ……」という言葉だ。きっと人名だろうが、三日間で一度もその名を聞いた覚えがない。
アリウスさんの取り乱し様から考えるに、過去にユリアという人物にもユミルと同じ状況が起きたのではないか。その人とユミルがどう関係しているのか探れば自ずとあの結末の原因を特定できる────
「──キヨツグー、もう終わったよー。記入記入」
その声で思考が止まった。気づけば先程までユミルと話していた森民はいなくなっている。
「あ、わるい。ちょっとぼーっとしてた」
「大丈夫? わたしに恩を感じて無理に手伝わなくてもいいんだからね」
「平気だよ、何かをしてたほうが気が紛れるしな。それで体調はどうだったって?」
「アンソンさんはオール○印っ。特に問題もなく元気だって」
観察ノートの各項目に○をつける。何となく誰がどうたったのかは記憶にあるが、話の流れが不自然にならないよう知らないふりをしよう。
「よし。次はラウルさんだね。ラウルさんのお家はここからだと少し歩くよ」
「分かった」
ユミルはのんびりとした歩調で足を進める。俺を気遣ってのことだろう。
体力に問題なくも、このスローペースは会話に集中するには丁度いい。早速、訊き出そう。
「そういえばユミルに訊きたいことがあるんだけどさ」
「ん、なに?」
「さっきのアンソンさんとの会話の中で、浄化の儀式がどうたらこうたらって聞こえたんだけど、それって何なんだ?」
「ぼーっとしてたわりには聞いてたんだね」
「……他のみんなも言ってたし、馴染みのない言葉だったからな」
気をつけようと思ったそばから失言だ。知らんぷりって意外に難しいな。
ユミルは特に不審に思わなかったようで「たしかにみんなが言ってたら気になるよね」と言ったあと、あごに指を当てて考える素振りを見せる。
「んーっと、どこから話せばいいかな…………まず御神木っていう大樹があるんだけど……」
それから、御神木とその地下にある核の存在、自分が浄化の神子と呼ばれる治癒能力を有した人間であること、森を蝕む瘴気と儀式の重要性を掻い摘みながら説明してくれた。
「大まかなに話すとこんなところかな。キヨツグにとっては何が何やらって感じだよね」
「初めての物事ばかりで俄かには信じられないけど、なんとなくは把握したよ」
全部【一巡目】で見聞きしたものと同じか。これでは思考が伸びない。それとなく情報を引き出そう。
「でも、年一で執り行わないといけないほど核の瘴気って厄介なものなんだろ。そんなものに近づいてユミルは大丈夫なのか?」
「近づくだけなら全く問題なくて、治癒する時に少し疲れちゃうぐらいかな」
「少し……か。本当に人体に影響はないのか? 急に意識を失ったりとかは?」
「…………」
「な、なんだよ? 黙ってこっちを見て」
「キヨツグってもしかして心配性?」
「違うけど?」
「だって、説明しただけで普通そこまで気にかける? キヨツグにとっては未知のことだし」
「それは…………俺は想像力が豊かなんだよ。深く考えたらつい気になっただけだ」
「それが心配性って言うんだよ。キヨツグって優しいんだね」
「べつに他意はない」
「素直じゃないなー」
「素性も分からない迷い人を無償で保護する人がよく言うよ。……それで結論、浄化の儀式に危険は伴わないってことだな」
「うん、全く問題なしっ。それに核のある場所にはラナフィナって人も一緒に同行する決まりになってるから、もしわたしに何かあったとしても助け出してくれるよ」
「そうか……」
たしかに何も儀式は今回が初めてのことではないのだ。仮に危なければ誰かが取り止める意見を出すだろうし、そもそもユミルに異常が現れたのは御神木の地下に行く前だ。
あの最悪の結末に、浄化の儀式は関係がない。
まだ確定するのは早いが、ユミルにこれ以上訊いても新たな情報はなさそうだ。
そうなれば次は〝ユリア〟という人物について訊き出したいが、もしユミルが知っていた場合、今日初めて集落を訪れた俺がその名を口にすれば絶対に変に思われる。
大体こういうループ系は少しの会話だけでも後の物事に影響するものだ。相手の疑念を買うような言動は控えるべき。森民の誰かが口にするまでは待っていよう。
「ほら、ラウルさんのお家が見えてきたよ。ラウルさんは片足を患われてるからお家の中での観察になるかな」
「俺は外で待ってるよ。知らない人がお邪魔するのも悪いから」
「べつに気にしないと思うけど。キヨツグがそう言うならわたしだけで行ってくるね」
その後、ユミルとともに森民の健康観察を続け、アリウスさんとも顔合わせをして迷子の件は保留となり、ユミルの家に泊まらせてもらうことになって、一日目が終わった。
その間、ユリアのことを話す森民は一人もいなかった。




