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再訪

 時は過ぎ去り、月曜日の午前十時。


「来てしまった……」


 俺の目の前には周りの杉群よりも背高い洋館が(そび)え立っている。霧ヶ峰(きりがみね)邸だ。


 道のりは一本道だから迷うことはなかったが、遠い。足がクタクタだ。


 昨日、鷹人(たかと)が帰ってからゲームを再開させたり掃除などの家事をしたりして気を紛らわせたが、頭の片隅に居座り続ける雑念は消えてくれなかった。考えるなと思えば思うほどに考えてしまってどうしようもない。


 鷹人(たかと)から霧ヶ峰(きりがみね)の変人話を聞けずに霧ヶ峰(きりがみね)の妄言で事が片付けられなかった以上、あの不可思議な出来事がただの夢であると自分自身で暴くしかないと思い至り、こうして足を運んだのだ。


 玄関まで行き、呼び鈴を鳴らす。


 少ししてドアが開き、三船(みふね)さんが姿を現した。この前と変わらずメイド服を着ている。


「あれ、清次(きよつぐ)くんじゃん。おはー」

「おはようございます、三船(みふね)さん。連絡もなしに急に訪ねてしまってすみません」

「いいよいいよ。んで、今日はどうしたの? もしかして忘れ物あったとか?」

「いえ。あの本について深く知りたいなと思いまして」


 嘘をついてもしょうがないので正直に話すと、三船(みふね)さんは少し驚いた顔をした。


「この間の様子からして、てっきり信じてないように見えたけど」

「今でもそう思ってますよ。その考えが正しいか確かめに来たんです」

「でも今お嬢様は学校に行ってていないんだよね」

「分かってます。だからこそ今日のこの時間帯に来ました」

「ああ、なるほどね。……ま、立ち話もなんだから上がってよ。応接間にご案内しますよー」

「ありがとうございます。お邪魔します」


 ツルツルピカピカの大理石の玄関で靴からスリッパに履き替え、三船(みふね)さんのあとに続いて隣接された廊下を歩く。 


 やっぱり何度見ても個人の家屋とは思えない豪勢さだ。長い廊下に立ち並ぶドアからして相当な部屋数があることが窺え、ホテルへ宿泊に来たように錯覚する。


 掃除が面倒そうだなと庶民目線で思った時、疑問が湧いた。


三船(みふね)さん。少し訊いてもいいですか?」

「なにー?」 

「前に来た時も気になったんですけど、この洋館ってこんなに広いのに人気(ひとけ)がないですね」

「そりゃ私とお嬢様しかいないからね」


 つまり霧ヶ峰(きりがみね)は家族と暮らしていないのか。高校生の娘一人でいる時点で良い話ではないだろうから、本人のいないところで突っ込んだ話はやめておこう。


「じゃあ三船(みふね)さんが一人で家を管理してるってことですか。この広さ的にかなり大変ですね」

「その分コレがいいからね」


 親指と人差し指で輪っかを作る。確かに給料は他の仕事の比ではなさそう。


「まぁでも、一番はなんと言っても可愛いお嬢様を近くで見れることかな! あそこまでの美少女は世界を探しても見つからないからね。いつも目の保養になって役得だよ〜、ふへへ」

「……三船(みふね)さんって容姿の可愛い同性の人がタイプなんですか?」

「男でも可。カワイイは正義だからね! あ、ちなみにお姉さん、カッコいいも守備範囲だよ」


 こちらに身を寄せてニヤッとする。


 身の危険を感じて後退すると、三船(みふね)さんはククッと笑って「じょーだん、そんな身構えないで。ほら、ここが応接間だよー」とドアを開ける。一瞬目がマジでしたけど……。


 一昨日の軟禁事件が思い出されて二人きりの今の状況が怖くなったが、ここまで来ておいて今さら帰れないので覚悟して応接間に入った。


 大きなサイズのガラステーブルを挟んで革張りソファが向かい合って置かれた、至ってシンプルな内装だ。もちろん霧ヶ峰(きりがみね)邸を基準にして考えた場合の話で、一つ一つの家具はつややかな高級さを醸し出しているうえ部屋の広さも十五畳以上あるけども。


「ちょっとお茶菓子を取ってくるから座って待っててね」

「いえ、お構いなく。それよりもあの本について聞きたくて」


 ソファのふわふわ具合に落ち着かなさを感じながらも、さっさと本題に入る。


「地下室で目覚めたあと霧ヶ峰(きりがみね)から説明を受けたんですけど、どうにも信じられなくて……………三船(みふね)さんの口からも教えてほしいです」


 三船(みふね)さんは対面に腰を下ろして、俺の顔色を窺うように見据える。


「私がお嬢様の言うとおりだよって答えたら清次(きよつぐ)くんは信じる?」

「それは……たぶん……」

「とてもそうには見えないよー。距離のある洋館(うち)に足を運んでる時点で、絶対に自分の目で確かめてやるっていう意志を感じるね」


 たしかに口頭だけではモヤモヤ感が残ったままか。無意味な質問だったな。


「すみません、その通りです。だからまた本を読ませてもらえると助かります」

清次(きよつぐ)くんの疑い深い性格的にそれが手っ取り早いとは思うけど、それにはお嬢様の許可がいるんだよねぇ。でも清次(きよつぐ)くんはお嬢様と会うと困るんでしょ?」

「はい、すごく困ります」


 あの妙に発言力のあるお嬢様と会えば、事実がどうであれ今度こそ()(くる)められそうな気がする。帰ってくるまえに真実を明らかにしたい。


「力になってあげたいけど、あとでお嬢様に怒られちゃうしなぁ」

「その時は嘘でも吐いて全部俺のせいにしてください」

「まぁそれはいいにしても、万が一清次(きよつぐ)くんの身に何か起こった時の責任が取れないし」

「自業自得ですから三船(みふね)さんが気に病む必要はないですよ」

「うーん、やっぱり面倒な事になりそうだからやめておこうかな」

「そこを何とかお願いします! 俺にできることであれば何でもしますか……」


 言葉の途中で、三船(みふね)さんがバンッとテーブルに両手をついて身を乗り出してきた。至近距離で俺を見つめる瞳はどこかギラついていて怖い。


「今、何でもするって言った……?」

「い、言いましたけど」

「本当に? 本っ当に何でもいいの?」


 一昨日の無断撮影とさっきの件が頭を(よぎ)って不安が芽生えたが、背に腹は代えられない。


 俺が頷くと、三船(みふね)さんは葛藤するようにしばし黙り。


清次(きよつぐ)くん的には、お嬢様に会う前にもう一度本を読めれば良いんだよね?」

「そうですね」

「だったら清次(きよつぐ)くんが本を読んだあとで報告だけはしていい? もしもの事に備えてお嬢様がそばにいたほうが安心だから」

「それで大丈夫です」

「おっけおっけ。じゃあ取引成立ってことで、早速地下室に行こっか!」


 上機嫌な様子の三船(みふね)さんに、俺は一抹の不安を抱えながらソファから立ち上がった。 





 地下室の扉前。


 三船(みふね)さんが鍵束を取り出して扉を開け、どうぞどうぞと手で促す。


三船(みふね)さんは入らないんですか?」

「外から鍵をかける人がいなくなっちゃうでしょ」

「え、また閉じ込める気ですか……? この前は俺が逃げないためにしたんじゃ……」

「それもあるけど、一番の理由は世界を守るためかな」

「は? 世界?」

「つまりその規模で大事なことってわけよ」

「まったく意味が分からないんですが」

「まぁまぁ何でもいいじゃん。小さいことに(こだわ)ってると時間が無くなるよー」


 俺にとって全然小さいことではないが、どのみち答える気はなさそうだ。


 諦めて部屋に入ると、三船(みふね)さんが「がんば〜」と謎の声援をかけてきて宣言どおりにしっかりと扉の鍵を閉めた。部屋に一人きりになる。


 前は霧ヶ峰(きりがみね)が一緒にいたから平気だったのか、一面コンクリート壁の殺風景な室内からは圧迫感と少しの不気味さが感じられた。時計の秒針の音がやけにうるさく聞こえる。


 閉所の恐怖に呑み込まれてしまう前に、やるべきことに集中しよう。


 お目当ての深緑の本を机の引き出しから取り出して天板の上に置く。


 前回はたしか冒頭を読んだあと眠気に襲われた。そして霧ヶ峰(きりがみね)の話では、その間俺の魂は本の中に入って行動していたという。


「…………」


 途端に本を開くのを躊躇(ためら)ってしまう。


 もしそれが本当だとすれば物凄く危ないことをしようとしているわけだ。何かの手違いで一生本の中に閉じ込められたなんてこともないとは言い切れない。────いや、そんな不可思議な現象があってたまるか。おそらく中のページに眠気を誘発する薬品が塗布(とふ)されているとかそんなことだろう。あのお嬢様の言葉に惑わされてはいけない。


 俺は意を決し、大きく息を吸ったあと呼吸を止めながら本を開いた。


 一通り冒頭に目を通したあと、すぐに閉じて本から遠ざかる。


 ベッドに腰かけて様子を見る。──大丈夫、意識ははっきりとしているし、眠くもない。


「なんだ。やっぱりただの妄言だったみたい────ッ!?」


 勝ち誇った時、当然ぐわんと脳が揺れ、そのあとに急激な睡魔が訪れた。明らかに瞼が重くなり、どんどん体に力が入らなくなってくる。


 ついにはベッドに倒れ込み、意識だけは手放さないよう必死に抗うも虚しく。


 俺は深い闇の中へと落ちていった。

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