軽薄な友人
次の日の日曜日。
俺は朝っぱらから自室のパソコン前に座ってゲーム三昧の時間を送っていた。
今やっているのは友人から借りた男性向けの学園ゲーム。五人のヒロインたちと学園生活を送っていく中で恋を深めていき、そのうち一人と恋仲になれればクリアだ。
一週間前から始めているが、これが結構難しい。恋愛ゲーに慣れていない以前に、登場人物がキワモノ揃いでなかなか心を開いてくれないのだ。現状は一人目の脳内お花畑の天然っ娘を苦労の末クリアして、二人目の高飛車お嬢様を攻略中。
そしてようやくエンディングの卒業式シーンが訪れ、校舎の裏に呼び出して愛の告白をする。
『ごめんなさい。貴方のことは嫌いじゃないのですが、生活水準が合わない方とはちょっと』
俺はコントローラーをベッドに放り投げた。
あれだけ勉学やお家の相談に乗ってあげたのに経済状況で断られるとか、一学生の身分でどうしろっていうんだ。本当にクリアさせる気があるのかこのゲーム……。
「やっと高圧的な態度がデレてきて感動してたのに……なんていうふざけたバッドエンド…………」
安易に呟いた言葉が、忘れようと努めていた昨日の出来事を鮮明に思い出させた。余計にテンションがダダ下がりし、床のマットレスに寝転がって目元を腕で覆う。
三船さんに車で送ってもらって家に帰ってからずっと、ユミルの最期の姿が頭から消えてくれない。帰りが遅い俺を超絶に心配していた逢花に(同級生の家に寄っていたと嘘をついた)『遅くなるなら連絡ぐらい入れろバカお兄!』と説教されている時すらも脳裏でちらついていた。
それもこれも霧ヶ峰が意味深な言葉を吐くからだ。
昨日は地下室に閉じ込められた危機的状況なこともあり、あれこれと理由をつけて自己解釈したものの、状況が落ち着いて考えてみれば、確かにただの夢という結論ではあの本の冒頭と酷似していた偶然性を説明できない。
しかし、だからと言って霧ヶ峰の言葉を鵜呑みにできるわけもない。
しかし、ああも真剣な顔で話されては気狂いの妄言で済ませられない。
昨日から思考の堂々巡りだ。一刻も早くこの煩わしい気持ちを消したいのだが……。
モヤモヤ感に苛まれようとした時、自室のドアを小突く音が聞こえてきた。
「おーい、清次ー! 生きてるかー?」
馴染みのある喧しい声に、俺は体を起こしてドアの前までいき、開ける。
そこにはプリントの束入りの手提げバッグを持った金髪男がいた。
金髪男は片手を上げて「よっ。生きてるみたいだな」と冗談めかしく笑う。
「生きてるから。毎度毎度、その不穏な確認はやめてくれ」
「だってお前いつも死にそうな顔してるからさ。いつヤバい事を仕出かすか心配で心配で」
「俺の心境を知っててよくそんな軽口が叩けるな……」
「本当のことだからなぁ。さっき逢花ちゃんからも『お兄に元気を分けてあげて』ってお願いされたし」
「あいつ、余計なことを……」
「ってなわけで、清次兄の明るさを取り戻すためにオレが気遣ってやるよ」
「元から明るい性格じゃないし、お前に気遣われるなんて気味悪い」
こいつは同じクラスの伊勢山鷹人。中学の頃から付き合いのある友人だ。
鷹人はパッと見、地毛の金髪から不良生に間違われることが多々あり、そのイメージを払拭するため今では理知的な印象を受ける黒縁の伊達メガネをかけている。実際は不良ともインテリともかけ離れた軽薄なやつだが。
それでいて、わざわざ週一で家を訪れてくれるほど友人想いだから反応に困る。べつにいいと言っているのに、暇だ何だと理由をつけて放っておいてくれないのだ。
鷹人は部屋に入ったあと、付けっぱなしにしていたパソコンの画面を見てニヤッとする。
「お前、顔だけだな」
「うるさいな。このゲームのキャラは設定が濃すぎるんだよ」
「まだまだだな。面倒な性格であればあるほど落とせた時に達成感がしていいんだろ」
「……お前、将来ヘンな女に引っかかるなよ」
「清次こそ、いくら顔が良くても女心を理解できないようじゃ将来ぼっちだぞ」
この上から目線の態度からして、どうやら全ルートクリア済みらしい。でなければ俺に貸してこないか。
「まだ一巡目なんだから仕方ないだろ。そういうお前は何回でクリアしたんだよ?」
「…………十二回」
「……よく飽きないな」
「そりゃハッピーエンドになるまで繰り返すだろ」
「……繰り返す、か」
その何気ない言葉にあることを思い、疑問が口を衝いて出た。
「もし自分がゲームの中の主人公になったとしても同じようにやり直そうって考えるか?」
鷹人は目を細めた変な顔をする。
「お前、現実と空想がごっちゃになってないか?」
「……まぁやっぱ、そういう反応が普通だよな」
「……?」
「ただの例え話だから気にするな。それよりも鷹人お前さ、霧ヶ峰絵色って名前の女子生徒を知ってるか? あの山奥にある洋館の持ち主なんだけど」
すると鷹人は目を瞠り、「霧ヶ峰絵色だと!? まさか清次、あのお嬢様と知り合いなのか!?」と大仰に驚く。反応的に霧ヶ峰は有名人のようだ。あの容姿だから不思議じゃないか。
「知り合いってほどのものじゃない。昨日なんやかんやあって家にお邪魔しただけだ」
「なんやかんやって、何があればそんな羨ましい展開になるんだよ!」
「羨ましい? なにが?」
「そりゃ霧ヶ峰お嬢様とお近づきになれたことだ! 同級生に対しても礼儀正しく、常に清楚で温厚、さらに文武両道と非の打ち所がない。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花を体現したような人間だぞ!」
鼻息を荒くしてそう捲し立てる。
──霧ヶ峰が清楚で温厚だって? 恩を着せて何の説明もなく地下室に閉じ込めるやつだぞ。事実は俺の噂と同じで尾ひれがついているか、猫かぶりかのどちらかだろう。
「オレの知らぬ間に学年問わずの人気者と仲良くなりやがって……!」
「落ち着け。お前が考えるやましいことは何一つない」
「煙に巻く気か? 本当はイチャイチャとお家デートしてたんだろ」
「恋愛ゲーのやり過ぎだ。昨日が初対面でどうやったらそんな親密な関係が築けるんだよ」
「そのご自慢のルックスで甘い言葉でも囁けば大抵の女はイチコロだろうが」
「お前には俺がそんなキザったらしいやつに見えるのか……。大体霧ヶ峰はお前たちが崇めてるような完璧人間じゃないからな」
「はー、出ましたよ! 気さくな〝あいつ〟呼びに、俺だけは本当の性格を知ってる的な発言! 十分に親密じゃねぇか!」
これは何を言っても無駄っぽいな。誰かこのいかがわしい妄想野郎を止めてくれ。
「どうせもうキスとか同衾とかえっろいことする仲なんだろ」
「…………」
「……え、なんでそこで黙るんだ? ま、まさか本当に……!」
「い、いや違う、アレはそういう恋愛感情でしたものじゃなくて……」
鷹人は時が止まったように呆然としながら「否定はしないんだな……ははは……」と乾いた笑いを上げたのち、すくっと立ち上がり、
「イケメン滅びろっ!」
忌々しい顔で吐き捨てるように言って、そのまま部屋を去って行った。




