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『リプレゼンティングジャパン、ユウト・シラカワ!』
白河の名前がコールされると、会場は大歓声に包まれた。
白河のショート、曲は定番中の定番『白鳥の湖』。
こういう定番曲を使う場合、ロックバージョンだとか、ヒップホップバージョンだとか、そういうアレンジを現代的なものに変えたものを使う人も結構いるのだが、白河が使うのは本当に王道なクラシックアレンジ。
羽毛が付いた白い服に身を包んだ彼は、悲哀なメロディに乗せて滑り出す
「お手並み拝見だな」
まずは冒頭、トリプルアクセル。
アクセルジャンプは6種類の中で唯一前向きに踏み込むジャンプ。
ジャンプはすべて後向きに降りるので、前向きに跳びあがるアクセルは、他のジャンプより半回転多く回らることになる。それゆえに、6種類の中でもっとも難しい。
トリプルアクセルは言うまでもなく高難度の技だが、男子では事実上必須のジャンプになっている。これを決められるかは、一つ重要なポイントだ。
バランスを取りながら後ろ向きに滑る。そして振り返ると同時に左足で踏み込む。
――三回転半、手堅く決めた。助走の勢いを殺すことなく、美しい放物線を描き、そして着氷後もスピードが落ちない。
「まぁ、普通にいいジャンプだな」
そしてすぐさまコンビネーションジャンプに入る。トリプルフリップ+トリプルトウループ。これもミス無く決める。
そして最後のジャンプはトリプルルッツ。アクセルを除く三回転では一番難しいジャンプだが、男子なら跳べて当然。――これももちろん決める。
これでジャンプはノーミスだ。完璧な演技に、会場の拍手はだんだん大きくなっていく。
だが俺は、彼に対する興味をどんどん失っていった。
なんともつまらん演技だった。確かに手堅い。ミスは一切無い。だが、それのどこが面白いのだ。
ミスがないキレイな演技がみたいなら、アイスショーにでもいけばいいのだ。
これはショーではない。試合なのだ。
100メートル走に例えると、奴の演技が以下にナンセンスかわかる。観客は全速力で走り0.001秒でも速く走ろうとする、選手の必死な姿に感動するのだ。逆に、そこそこの速さだけどフォームが美しい走りに感動するような人はいないだろう。だが、今の白河がまさにこれだ。
一言で言うならドキドキしないのだ。彼は失敗しないだろうと観客の皆が知っている。それでは面白くない。
そして悲しいことに、現在のフィギュアスケーターはみんな、そういう演技ばかりする。
新採点システムでは、全てのエレメンツが詳細に点数化される。あらゆる失敗もマイナス何点、という風に点数化されてしまう。
その結果、皆が失敗を恐れて、無難でミスのない演技ばかりするようになったのだ。
白河は演技をスピンコンボで締めくくる。パンケーキポジション、そこから足替えでキャメルスピン、そして最後は高速のスタンドスピンでフィニッシュ。
会場はノーミスの演技にスタンディングオベーション。
演技中は悲哀の表情を浮かべていた彼も、笑顔を見せながら四方の観客に礼をして手を振る。
氷から上がったところで、コーチと抱擁を交わす。そして観客に手を振りながらキスアンドクライへ向かう。、
キスアンドクライは、選手とそのコーチが、採点結果が出るまで座って待っている場所のことだ。選手やコーチたちは、演技の明暗によって様々な感情をあらわにするため、そう名付けられている。
ちなみに、海外の選手だと、いい演技をした後に、カメラに向かって投げキッスを飛ばすのが普通だ。
もちろん白河を始め、日本の選手はキスを飛ばしたりはしない。代わりに白河は、控えめに手を振る。すると、観客たちがそれに歓声で答えた。
そして会場がいったん静まり返る――さて、得点が出る。
現在のフィギュアスケートでは、各プログラムに対して、技術点と演技構成点という二つの点数が与えられる。
一つ目が技術点。プログラムの中で行った技の基礎点と、その出来栄えによる加点・減点(GOE)の総和でもとめられる。一つのプログラムの中では、行える技の数は決まっているので、各個の技で少しでも難しいことをやる必要がある。
二つ目が演技構成点。これは演技全体に対して与えられる。スケート技術・要素のつなぎ、身のこなし、振付、曲の解釈の5項目をそれぞれ10点満点採点する。
技術点は、英語でテクニカルエレメンツスコアだが、全ての技を合わせた点数であるため、総要素点とも呼ばれる。
一方演技構成点は、そのまま英語のプログラムコンポーネンツスコア、それ略したPCSと呼ばれる。あるいは、項目が5つあることからファイブコインポーネンツとも呼ばれる。
この技術点と演技構成点に、違反行為による減点<ディダクション>を加えた得点が最終得点になるというわけだ。
『ザマークスフォーユウト・シラカワ』
電光版に彼の得点が映し出される。技術点、構成点ともにともにパーソナルベスト(自己最高得点)を更新し、暫定トップに躍り出た。
白河は満面の笑みを浮かべる。
まぁ、今は偽りの喜びに浸っているがいい。
「さて。俺が見せてやろうじゃないか、本物のフィギュアってやつを」
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