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午後はステップシークエンスの練習をする。
ステップシークエンスとは、多様なステップやターンを連続で行い、リンク一面を駆け抜けるエレメンツのことだ。
フィギュアスケートの代名詞といえば、なんと言ってもジャンプだ。競技でもジャンプが他の何より大事な要素であることに間違いはない。
だが一方で、プログラムで一番盛り上がる瞬間は実はステップだったりするのだ。
だから俺はジャンプが一番好きではあるが、ステップもそれに劣らず好きだ。わずか数秒にすべてがかかるジャンプとはまた違う感覚がある。
特に二つ目のステップは、曲の一番盛り上がるところに設定される。体力的にはキツい一方、ジャンプを全て終わらせた後なので、残った力をすべて出し切ることができる。
リズムに乗りながら、この広いリンクに自分のスケートを刻み付けていく。これが試合なら、だんだん観客の拍手も大きくなる。その高揚感はなんともいえないのだ。
「だいぶ仕上がってきたね」
コーチがリンクサイドで俺の演技に拍手を送る。それはアメとムチのアメ。そしてすぐにムチか出る。
「ただ、スピンが雑すぎるよ。特にステップ前のやつはトラベリングしすぎ」
トラベリングとは、同じ場所で回転できず、回転の軸中心がずれてしまうことだ。
「あー。次から気を付ける」
俺が返事をすると、コーチはまた別の箇所の指摘を続ける。
その後はコーチに言われたところを重点的に確認し、いつもより早めに練習を切り上げた。
「明日は7時出発ね」
「了解」
3日後にトロントでグランプリシリーズカナダ大会があるので、俺たちは明日、日本を立つ予定だった。
グランプリシリーズは、シーズン序盤にある6つの大会の総称だ。
アメリカ、カナダ、フランス、ロシア、中国、そして日本大会があり、各選手は実力に応じて、最大2大会までエントリーできる。
グランプリシリーズに出場できるのは各国のトップ選手のみだが、さらにこれらの大会の順位点が高い上位6人はグランプリファイナルに出場できる。
グランプリファイナルは、五輪・世界選手権に次ぐビッグタイトルなので、一流選手にとって、ここに出場することは一つの目標になってくる。
「寝坊しないでよー」
「わかってるって。じゃぁまた明日」
俺がリンクを上がると、入れ替わりで君崎がやってくる。俺は目線を合わせないようにして、前だけ見て歩いていった。
リンクのロビーに出ると、棚に『月間フィギュアスケート』が置いてあるのが目に入った。そう言えば、この雑誌のインタビューに答えたことを思い出し、どれどれと覗いてみる。
――クワドキング、一年を振り返る。
――今回のインタビューで見えてきたのは、チャンピオンとしての彼のスタンスだ。限界に挑むその姿で観客を感動させる。それが彼の信念なのだ。
うむうむと自分のインタビューを読む。我ながらいい感じだ。それにグラビア写真の出来もなかなかいい。うん、イケメンに映ってる。三割増しくらいだ。
……しかし、それよりも気になるのは、俺よりも扱いの大きい記事があることだ。
――特集『白河の挑戦』
「なんで俺より白川の記事の方が前にあんだよ」
しかも俺よりページ数が多い。あとグラビアも俺よりはるかにイケメンだ。
――彼はコンパルソリーの練習を欠かさない。毎日一時間弱をコンパルソリーに充てるという。こうして地道に磨き続けた彼のスケーティングスキルは、世界一とも評される。
――なんと彼はトリプルジャンプを左右両回転で跳ぶことができる。これは極めてスケーティングスキルが高い証拠だと、元日本代表の朝岡は語る。
「おいおいまじかよ」
コンパルソリーとは、氷上にブレードで正確に模様を描くことをいう。
フィギュアスケートのフィギュアとは、人形ではなく図形という意味で、このコンパルソリーに由来する。
現在行われている音楽にのせて演技をするというスタイルは、実は後になってからできたもので、スケートは元々氷に模様を描く競技だったのだ。
現在では競技種目としてのコンパルソリーは完全に廃止されている。。
だが、スケーティングを磨くための基礎練習として今でも行われている。このコンパルソリーを重視するジャッジやコーチも多い。
しかし、毎日一時間とは。いくらなんでも長すぎるだろ。
っていうか、ジャンプが両回転跳べて何になる。得点は一緒だっつうの。そんなの試す暇あったら四回転やれや。
と、一人読みふけっていると、広間に甲高い声が響いた。
「勝也兄ちゃん!」
ユキがランドセルを揺らしながら駆け寄ってくる。どうやら学校帰りみたいだ。
「よおユキ。ちょうどいいところに来た」
俺は手に持っていた『月間フィギュアスケート』を突き出して尋ねる。
「これ読んだか」
「うん、読んだ!」
「果たして読者が読みたいのは、世界チャンピオンの特集と、世界選手権10位の選手の特集、どちらだと思う?」
「それはもちろん、チャンピオンの記事?」
「さすがはユキ、常識があるな。しかし、となると世界チャンピオン俺の扱いが、世界選手権10位の白河より悪いのはいったいどういうことなのか」
「……それは……やっぱり顔?」
ユキはその小首をかしげた。
「……やっぱりか」
確かに、白河はイケメンだ。それゆえ注目されるのだ。
「でもユキはショーヤのほうがかっこいいと思うよ!」
すぐに兄弟子フォローするできた小学生が目の前にいた。
「四回転跳べるし!」
「おう、そうだ。俺はあいつと違って四回転が跳べる」
「それに!」
「おう、それに?」
「四回転が跳べるし……」
「四回転が跳べるし?」
「……四回転+三回転も跳べる」
「…………お、おう。他には?」
「………………四回転+三回転+二回転も跳べる」
「……………………おう」
「…………………………四回転+三回転+二回転+二回転も跳べる?」
「………………………………それは跳んだことない」
いや、別に跳べるとは思うけど。
……どうやら俺が白河に勝っている点は四回転以外ないようだ。
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