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今日の朝はリンクが使えないのでいつもより遅めの起床。リンクは一つしかないので、毎日いつでも練習するというわけにはいかないのだ。
洗面台で顔を洗い、トイレを済ませて下に降りる。
……そこには君崎凛の姿があった。テーブルで味噌汁をすすっている。
俺は昨日のことを思い出し、このまま踵を返したい衝動にかられる。だが、俺の方が大人、だから俺から歩み寄ってやろう、と自分に言い聞かせ、声をかけた。
「おはよう」
俺がそう言うと、しかし彼女は返事を返すどころか、目線をこちらに向けることさえしなかった。
無視ですか。へぇ。なるほど。これは明確な拒絶ですね。
俺は黙ってやつと一番遠い、対角線上の席に座ってトーストをかじった。
すると、
「ねぇ」
いきなり、ものすごく不機嫌な口調で話しかけてくる。
「なんだよ」
「くちゃくちゃうるさい」
おいおい、人様の家にお邪魔になっておいて、いきなり文句か。
「うるせえ。ならイヤホンでもして飯食っとけ」
俺はさっさと飯をかきこんで、席を立った。
その時だ。
「ねぇ」
君崎が、決して大きくない声で、しかしはっきりと声をかけてきた。俺は黙って彼女のほうを向く。
「勝負、しない?」
彼女はいきなりそんなことを言い出した。
「勝負?」
「そう。フィギュアスケートで」
おいおい、今フィギュアスケートで勝負って言ったか?
「NHK杯で順位が上だった方が、相手の言うことをなんでも聞く。どう」
まさか俺のことを知らないわけではあるまい。
例えば、スピンの難しいポジション勝負、とかなら分かる。筋肉量が多い男子は、女子に比べれて柔軟性では劣り、ビールマンやドーナツ、Y字といったディフィカルトポジションはできない。
だが、NHK杯の順位となれば、俺が負けることは絶対にない。世界ランキング1位の俺がグランプリシリーズで負けるわけがない。一方君崎はせいぜい世界ランキング20位。NHK杯でも、台乗り(3位入賞)がせいぜいだろう。
「お前、正気か?」
「あたりまえでしょ」
「……いいだろう、受けて立とう」
「決まりね」
「もう終わってから泣いて謝っても駄目だからな」
「万が一にも私が負けることがあったら、裸になるでも、あんたの足舐めるでもなんでもやってあげる」
<万が一にも>だと? いったい誰に向って口をきいている。
やる前から勝負はついている。
さて、今から君崎に何を命令するか考えることにしよう。
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