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答えたはたった一つ。
クワドラプルルッツ+トリプルトウループ。
自然と出てきた、その答えは、言葉にするとあまりに途方もないものだった。
アクセルの次に難しいルッツジャンプ。そのルッツで四回転を、この演技終盤、それもコンボで挑むなんて、正気とは思えない。
ルッツはただでさえ途方もなく難しいジャンプだ。
未だかつて、このジャンプを試合で決めたものはいない。
俺は昨年の世界選手権で跳んでしているが、その時はステップアウトした。回りきったのが奇跡というレベルで、結局その後の試合では挑みすらしていない。練習ですら成功率は一割がせいぜいで、とても挑める状態ではなかったのだ。
そんなジャンプを、試合で突然、しかも演技の最後入れるなんて、見てる人は気が狂ったと思うに違いない。
しかも、今回はコンボにしなければいけない以上、ステップアウトのような軽度のミスも許されない。
完璧な着氷をした上で、そこからさらに三回転につなげる――正気の沙汰じゃない。
今どれくらいの位置にいるかわからないが、もしかしたらここで安全策を取って丸くまとめれば、銀メダルか、銅メダルくらいには届くかもしれない。それも悪くないのかもしれない、なんて普通は思うんだろうな。
――その時だ。リンクサイドに君崎の姿を見つける。一瞬のことだが、確かに目があった。そしてその目は、こう言っていた――挑まなきゃ後悔するよ、って。
そうだよな。
逆に考えれば、失うものはせいぜい銀メダルじゃないか。
安全策を取って手に入れたメダルに価値はない。それは例え金色のメダルだったとしても。 ここで無難な演技にまとめても白河には勝てない。いや、仮に勝てたとしても、意味がないのだ。
俺が俺であると証明するためには、俺に今できる限界に挑むしかない。
「やってやろうじゃないか」
ルッツは反逆のジャンプだ。時計回りに滑りながら、反時計回りの回転を行う、物理法則に抗うジャンプ。
まさに俺に相応しい。
抗ってやろうじゃないか、運命に。
ダメでも元々。
「見てろ、五輪の神様」
左のアウトエッジに乗って時計回りにカーブを描く。そして右足の剣を硬い氷に突き刺す。
俺の世界から音が消えた。無限の暗闇の中、俺は浮遊する。
瞬間、まるで雲の影から一筋の光が差し込むように、完璧な軸が出来上がった。
一回転、
二回転、
三回転、
四回転――
着氷はギリギリ――だが、俺の運命の全ては、右足のブレードに乗っていた。
銀刃が凄まじい勢いで氷を削っていく。
だがここで終わる訳にはいかない。
身体のどこにも体力は残っていない。今にも力尽きて倒れてしまいそう。だが、
もう一度、気力で身体を引き絞って跳び上がる。
今度はさっきと逆の足のトウをついて、一、二、三回転!!
降りた。
降りてやった!
この足に、全てが乗っていた。
クワドラプルルッツ+トリプルトウループ――俺は世界最高の技を、誰もなし得なかった究極のジャンプを、いま成功させたのだ――
その実感は、湧いてこなかった。
ただ、観客の声援が、雷のように、地響きのように、天から、地から、俺の全身に伝わってくる。
足はガタガタだった。観客が生み出す振動で、倒れてしまいそうになる。
最後のエレメンツ、ステップシークエンス。振り絞るように、己の四肢を、剣だと、信じて、振り絞るように、斬りつける。
――そしていつの間にか、演技は終わっていた。
曲が終わったのが先か、それとも俺がその場に、倒れ込んだこんだのが先かわからなかった。
冷たい五輪のリングの上に寝転がってリンクの天井を見上げた。
呼吸が止まらない。体中が震えている。
何も考えられない。
ただ、これまで聞いたことないほど大きな歓声が、沸き起こっていた。それだけはわかった。
立ち上がらないと……。いつまでもここにはいられない。
なんとか最後の力を振り絞って、立ち上がってお辞儀をする。
そしてコーチのいるリンクサイドに帰還する。
「勝也……」
コーチの方から、俺を抱きしめてきた。本当に、長いこと、といってもそれは実は一分くらいなのだが、抱き合っていた。
コーチも俺を離そうとしなかったし、俺はもう自分から動く気力がなかったのだ。
倒れそうになりながら、なんとかキスアンドクライにたどり着く。
やれることはやった。今できる最高の演技をした。少なくとも、俺は逃げなかった。だから、後はどんな得点が出ようとも悔いはない。
俺たちがキスアンドクライに座っても、声援は鳴り止まなかった。
高得点を望む拍手が自然と起こり、また会場を揺らす。
【ザマークスフォー】
得点が、アナウンスされる。
そして俺は――
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