31
♪
ついに、バンクーバーオリンピック開幕。
俺は開幕式には参加せず、ギリギリまで日本で練習をした。そして多くの選手たちより遅く日本を出発する。
「こんなときくらいファーストクラス使えばよかったのに」
日本を発つとき、コーチは半分愚痴のように言った。俺はあえていつも通りエコノミーを使ったのだ。コーチもそれに付き合う形だ。
「いいんだよ、いつもどおりが」
俺は、試合の時いつもエコノミーを使っている。もしこれで、オリンピックだからとファーストクラスに乗ってしまったら、オリンピックはいつもの試合と違うのだと、強く意識してしまう気がしたのだ。ルーティーンとまでいかないが、できるだけ、いつも試合と同じようにしたかったのだ。
それで、いつも通りに窮屈な座席で揺られること十時間。現地に到着。といっても、選手村に入らず近くのホテルに宿泊する。これも「いつも通り」の一環だ。
そして試合前日である今日、滑走順の抽選、そして公式練習が行われる。
「はーい、勝也君」
会場に着くと、すでにそこには白河の姿があった。
「おっす」
俺が軽く頭を下げて横に行くと、その瞬間奴の手が俺の尻に伸びた。
「てめぇ、バンクーバーまで来て何やってんだ」
「んーレベル3? ちょっといつもより硬いかな」
「硬いかなじゃねぇよ」
「緊張してんのー」
「してねぇわ」
今日、全種目の出場選手が一同に介し、滑走順の抽選“ドローイング”に臨む。
ショートプログラムの滑走順は完全にランダムだ。世界チャンピオンが第1グループということもあるし、逆にまったく無名の選手が最終滑走ということもありえる。
現代のフィギュアスケートでは、滑走順が点数に影響することはない。しいて言えば、第2グループと第4グループが滑り終わった後にしか行われないので、第2グループと第4グループの後半は氷がかなり傷ついていて滑りにくい。運が悪いと前の選手がつけた溝などにはまってしまうこともある。なので、そのあたりを避けられれば、少しだけ心強いという程度か。
「ショーヤ・タカハシ」
名前を呼ばれ、前に進み出て箱からボールを引く。まずは自分で見て、そして周りに番号を公開する。その瞬間、無数のシャッター音が鳴り響く。
俺は第3グループの1番滑走を引き当てた。1番滑走は、6分間練習の直後に行われるため、6分すべてを練習に使えない制約がある。だが一方、氷は比較的クリーンな状態で滑れるメリットもある。
といっても、俺は滑走順が演技に影響するタイプではないので、何番を引いたところであまり関係ないんだけどね。
続いて、白河がくじを引く。彼が引き当てたボールの数字が見えた瞬間、会場がどよめいた。
「最終滑走、か」
まるで彼が最高の演技をするための舞台が整えられたかのようだった。




