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翌日、俺はほぼノーミスでフリーを滑りきった。もちろん、四回転を含めて。今自分にできる最高の演技をした。それは間違いなかった。
だが、優勝は俺ではなく白河だった。ジャンプの基礎点こそ俺の方が上だったが、しかしエレメンツのレベル、GOEで差が付き、技術点で敗北。さらにプログラムコンポーネンツの5項目もすべて白河の方が上。技術・演技点ともに敗北したのだ。
「コーチ」
「どうしたの?」
「記者会見、出なきゃダメかな」
2位の俺には、当然ながら記者会見が用意されている。だが、人前に出る気にはなれなかった。それも真ん中に座る白河の横でインタビューを受けるなんて。
「ちょっと体調、悪いから」
俺がそう言うと、コーチは「仕方がないね」と言った。
「部屋でおとなしくしてなさいよ」
「ごめん。あとは頼む……」
ホテルは、リンクのすぐ目の前だった。
部屋に着くと、俺はベッドに力なく倒れこんだ。
俺にとって、オリンピックは“憧れの場所”ではなかった。そこで演技をするのは当然のこと。金メダルを取るのも当然のこと。あくまで目標は、“最高の演技”をした上で金メダルを取ることだ。それが俺の未来だと確信していた。五輪を目指して頑張るのではなく、五輪で金メダルを取るという未来に向かってまっすぐ進んでいっているのだと。
自分が世界最強だと思っていた。
だが今や、ジャッジたちは俺が最強だとは思っていない。俺より白河が勝っていると――スコアシートにそう記したのだ。
ぼうっと、天井の白さを見上げる。その白さに、心の中にあるものを投げつけたくなった。だけれど、すんでのところでなんとか堪える。出そうなものを出さないようにして、ただ天井の白さを見上げる。しばらくそうしていると、誰かが部屋の扉を叩く音がした。
「入るよー」
君崎の声。そして扉が開く音。それを聞いて自分が鍵をかけていなかったことに気がついた。
「大丈夫?」
俺は何も言わなかった。いや、口を開いてしまったら絶対にダメなのだ。今、言ってはいけない言葉が、のど元まで来ていた。
「ご飯、もう食べた?」
頼む、俺に話しかけないでくれ。
「具合悪そうだけど……」
ああ、ダメだ。
「なぁ、君崎、教えてくれよ」
気がつくと、俺は口を開いていた。
「どうしたの。急にそんな大きな声だして」
言ってはいけないと、わかっているのに。それなのに、止めることはできなかった。一度口を開いたら最後だった。
「教えてくれよ君崎。あんな女々しい演技の、どこがいいんだよ!! 女みたいにレイバックスピンなんてしちゃってよぉ! 俺は四回転を跳んだんだぞ! なのになんであいつの糞みたいな演技のほうが、俺より得点が高いんだ! あいつのどこがいいんだよ。男なら、黙って四回転跳べよ! 逃げてんじゃねぇよ! だいたい――」
そのときだ。バシンと、冗談みたいな漫画じみた音が部屋に響いた。平手打ちされたのだ。そう認識した後、痛みが遅れてやってくる。
「あんたに、白河くんの演技を馬鹿にする権利なんてない。確かに白河君は四回転は跳べない。でもね、あんたよりスピンずっとうまいよ。ステップワークもずっとうまい。演技の濃さも上。表現力だってある。純粋に、勝也が負けてるの。劣ってるの。あんたの演技より、白河君の演技のほうが上なんだよ。それが現実」
君崎は、ジャッジの出したスコアシートと同じことを言った。
「それに、逃げてるのは、勝也の方でしょ」
「俺が、逃げてる?」
「スピンもステップもスケーティングも、白河君の方が上手いのに、その事実から逃げて、四回転さえ決めれば自分の勝ちだって思い込んで。現実は違うよ」
何も言い返せなかった。そして彼女がとどめの一言を言う。
「私の憧れの高橋勝也はどこに行っちゃったの?」
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