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【15番、高橋勝也さん。クリスタルパレス】


 ここのところ、四回転の調子がまったく上がらない。今週に入ってから、練習でさえ成功率は3割程度。とても、本番で挑戦できるような精度ではない。

 だが、まさか忘れたりはしない。あの全日本選手権。俺は四回転から逃げ、そして敗北した。

 敗北は構わない。だが、逃げることだけはもう二度としない。逃げるくらいなら、死んだほうがマシだ。

 だから、俺は最初から決めていた。今日は、今できる最高難度で挑むと。

 静けさの中に『アラビアのロレンス』が鳴り響く。

 まずは四回転+三回転のコンボ。

 あの冷たさが――全日本での転倒のイメージが、まだ身体の何処かに残っている、そんな気がしたが。だけど無理やり振り払う。

「いくぜ、俺」

 勢いいよくターンして、トウを突く――飛翔。

 軸も勢いもよかったが、しかし恐れがあったからか、ややスピードを欠いた。その結果、ランディングで詰まる――が、行ける!

 無理やり背筋の力で跳び上がり、二回転。なんとか大きな失敗無く、四回転+二回転のトウループコンボにする。

「よしッ!!」

 俺は演技中だが自然とガッツポーズをしていた。練習の成功率を考えれば、成功しただけで十分だ。

 ここさえクリアすれば、後は俺にとっては簡単なことだ。

 トリプルアクセル、トリプルルッツと手堅く決める。その後は流れのまま技をこなしていく。

 そこからはあっという間だった。

 久しぶりに自分の演技ができてる。そんな高揚感で、気が付くと2分50秒を滑り切っていた。完璧とは言えないが、大きな失敗もない。四回転もしっかり決めた。

 自分を取り戻せた気がした。

 そのことを会場の拍手も証明してくれている。


【高橋勝也さんの演技でした】


 観客にお辞儀をしてリンクを後にする。出迎えたコーチと抱擁を交わしてキスアンドクライに向かう。

「よかったよ」

「ああ、悪くなかった」

 今日、四回転の感覚をしっかり取り戻せた。これなら五輪までには高い確率で四回転を決められるようになりそうだ。

 場内が徐々に静まり返っていく。なかなか点数が出ない。通常なら、座ってから二分そこらで点数が出るのだが、妙に採点の時間がかかっている。

 場内がざわつきだしたころ、ようやくアナウンスが入る。


【高橋勝也さんの得点――】


 歓声が上がった……が、それは白河悠人のものに比べると小さかった。


【現在の順位は、第2位です】


 聞き間違いかと思った。

 2位……?

 四回転+二回転を含めた3つのジャンプを全て成功させた、何一つミスのない完璧な俺の演技。それが、四回転無しの白河の演技より下だと?

 ……馬鹿げてる。

 何かの間違いだ。

 俺は茫然として画面を見つめた。だが、何とか理性を取り戻し、観客にもう一度手を振ってからキスアンドクライを後にした。

 演技の後には、恒例のインタビューがある。

「高橋選手、お疲れ様です。素晴らしい演技でした」

 アナウンサーにマイクを向けられる。

「ありがとうございます」

「まずは今回の演技を振り返ってどうでしたか?」

「そうですね……自分の演技はできたと思います」

「今朝の公式練習では四回転がなかなか決まりませんでしたが、本番ではしっかり成功させましたね」

「跳べると信じて跳びました」

「では明日に向けての意気込みを教えてください」

「自分ができる最高の演技をする。それだけだと思います」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 インタビューの後、すぐコーチのもとに駆け寄った。そしてコーチからスコアシートを受け取る。

 ――敗因は一目瞭然だった。

 白河は、ほとんどエレメンツに加点がついていた。ジャンプだけではない。スピンにも、ステップにも。ジャンプの基礎点こそ俺が上だが、GOEまで含めれば、白河の方がジャンプの点数が高い。そしてスピンもステップ同様だ。

 演技構成点の5項目も、すべて白河が上回っている。

 ジャッジたちは、技術点・構成点、どちらも俺より白河が勝っていると判断したのだ

 全日本で負けたのももちろんショックだったが、今日はその比ではない。全日本は、俺が俺自身に負けたに過ぎない。それは、悔しいことではあるけれど、しかし納得はできる。だが、今日は、自分自身には勝った。それなのに負けたのだ。客観的に、白河に劣っているという事実を突きつけられたのだ。

 そして、四大陸は国際大会。今日会場にいるジャッジたちは、オリンピックのジャッジでもあるのだ。今日の採点は、オリンピックでも再現される可能性が高い。

 つまり、もしオリンピックで俺も白河もベストな演技をしたなら、その時敗北するのは俺ということだ。

 自分に勝てば、それでいいと思っていた。それなのに目の前に横たわっている現実は違う。自分に勝っても、金メダルは取れないかもしれないのだ。

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