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世間が浮かれているこの時期、サンタとともにフィギュアスケーターにとって、一年で最も大事なイベントがやってくる。いよいよ明日から全日本選手権が始まるのだ。
全日本選手権は、言うまでもなく多くの選手にとって目標となっている大会だが、トップ選手にとっては、世界選手権、四大陸選手権、そしてリンピックの代表を選出する<選考会>でもある。
五輪の代表枠は、男子が二つ,女子・ペア・アイスダンスが一つずつ。その僅かな枠を巡って熾烈な争いが繰り広げられる。
俺たちは飛行機で会場のある長崎へ。試合会場で公式練習、続いて記者会見をこなしてリンクメイトたちとホテルへ向かう。
大浴場で汗を流してから部屋に戻ってベッドに倒れこむ。
ついに、オリンピック出場が決まる。そう考えると考え深いものがあった。スケートを始めて十年。俺の目標は常にオリンピックだった。
その目標に、あと一歩のところまで来ている。
代表枠は二つ。基本的に全日本選手権の順位で選考が行われる。
目ぼしい対抗馬は、白河悠斗。そしてせいぜい泉京太郎、佐藤猛あたりが続くか。もっとも、全員四回転を持ってないし、白河以外の選手に至ってはトリプルアクセルさえ危うい、といった具合のはずだ。だから、俺はいつも通りに演技をすれば難なく代表になれるはずだ。だから緊張などは皆無だ。
と、部屋にドアをノックする音が響く。コーチかなと思ってドアを開けると、そこには君崎の姿があった。
「おっす」
どうやら彼女も風呂上りのようで、シャンプーだかリンスだかのいい香りを振りまいていた。
「ちょっといいかな」
「うん、いいけど。どうした?」
「別に何かあるってわけじゃないんだけど。まだ寝るには早いでしょ」
「まぁ確かに」
とりあえず部屋に招き入れる。彼女は机の下に収納されていたイスを引いて、その背もたれに両腕を載せこちらを見た。
「いやあ、全日本だね」
「そうだな」
「勝也はさ、緊張してる?」
その言葉で、彼女が部屋に来た理由が分かった。
「いや、俺は全然」
それは強がりではない。
「私は正直、緊張してる」
今季、女子シングルの五輪代表枠は一つしかない。そして女子のトップ選手3人は横一列だ。それが意味するのはすなわち、僅かにでもミスをすれば、オリンピックへの夢が絶たれるということだ。
「だってさオリンピックだよ。物心ついたころから、ずっとオリンピックに出るために毎日必死に練習してきた」
それは俺も同じだ。あやゆるものを犠牲にして、練習に打ち込んできた。
「勝也は緊張しない?」
緊張、そんなものは皆無だ。
「俺は、自分の限界に挑む。ただそれだけだ」
「……私はそこまで自信がない」
俺と違って、彼女にとって全日本は、これまでで最もプレッシャーのかかる試合になるだろう。
「大丈夫。君崎は誰よりも強いよ」
俺は断言した。それは別にウソを言っているわけじゃない。
確かにこれまでの成績では、君崎がほかの選手を圧倒しているとは言えない。だが、彼女には四回転がある。それは、誰よりも高みを目指して、挑戦をし続けてきたことの証だ。その意思は、きっと誰よりも強い。
「後は、君崎が君崎であることを証明するだけだ」
俺の言葉に、彼女はすうっと息を吸い込んで、そして答えた。
「自分は信じられないけど、あんたの言葉なら信じられる」
「明日は頑張ろう」
「うん、ありがと」
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