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眠気眼をこすりながらリビングへ降りていく。今日は朝一のリンクを他の人が使っているので、ゆっくりめの起床だ。
扉を開けると、そこには既に君崎の姿があった。
「おはよう」
その一言で、一気に目が覚めた。
今「おはよう」って言ったか? あまりに突然のことに、まともに返事もできなかった。だが、不意打ちはそれだけではなかった。
「ご飯にする? パンにする?」
あろうことか、俺の朝ごはんを用意してくれる、というのだ。一体何が起きた。今まであんなに険悪に扱われていたのに。
「……ご飯で」
「了解」
確かに、この間NHK杯の前に、練習で君崎が四回転を成功させたときから、俺たちの関係は少し変わったかもしれない。二人の間にあった銀盤よりも冷たく厚い壁は、ある程度溶け始めていたとは思う。でも、まさかこんなに態度が柔らかくなるとは。
ついこないだまで、話しかけてもガン無視だったのに、それが今じゃ手のひらを返して、まるで長い間家族だったみたいな態度だ。
「ねぇ、勝也」
あれ、俺に対する二人称、下の名前だっけ。
「……何?」
「今日、午後休みでしょ」
基本的にトップクラスのフィギュアスケーターに"お休み"はありえない。多くの技術は、トランプタワーのように絶妙な積み上げで築かれている。それゆえ、一日でもリンクを離れてしまえば、それはたちまち崩壊してしまうものなのだ。だから自発的に休む、なんていうことはまずない。
ただ今日に限っては、リンクの改装工事の都合の練習ができないのだ。
「そうだな。休みだな」
「せっかくだから、買い物に行こうよ」
彼女は突然そんなことを言い出したのだ。
「……どうしたんだよ。急に」
俺は思わず、思ったことを口にしてしまう。彼女は俺の前にご飯とみそ汁を並べてから答えた。
「勝也のおかげで四回転が跳べるようになったから。お礼をしたくて」
なるほど。理由はわかった。
だけど、今まで冷め切った関係だったのに、急に近づかれても、それはそれで困惑してしまう。
「別にお礼なんて」
俺は別にこいつのことを思ってやったんじゃない。ただ単純に、一人の四回転ジャンパーが誕生するその現場に立ち会いたかったのだ。
だが彼女は一回断ったくらいでは引き下がらない。
「いいじゃん。とにかく、お礼をさせてよ」
お礼をしたいという気持ちはそれなりにあるらしい。
「じゃぁ……まぁ……」
「決まりね。じゃぁ練習終わったら家に集合ね」
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