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泡雪物語  作者: 稚児嬰児
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サミヅキの目撃

早春という季節は、厭でもサミヅキに柔らかな薄紅色の香気を感じさせていた。芽吹く葉や柔らかな土色に惑わされ、全てが柔らかに、桃色の艶を帯びているように思えてしまう。黒色の肩に、早く咲きすぎた櫻の真っ白い花弁が落ちてゐた。摘まんではらう。高等学校になっても、黒くて角ばつた制服なのをわづらわしく思う。三年も前から被っている学帽はやっと丁度良い大きさになったようである。眼鏡を使うサミヅキにとって、これもまた、わづらわしさを生みだす原因であった。


「お早う、サミヅキ。また同じ通学路だ。」


ハヅキの声がした。ふりむくと、やはり、ハヅキだ。ハヅキは鳶色の瞳をふんわりと細めると、それまたふんわりとした微笑みをつくりだした。春は、人間をも薄紅ですっかり覆ってしまっていた。鳶色の瞳も、栗色の髪も、前よりいっそう柔らかさを増したようだ。


「何時もの具合で登校していると間に合わないぞ、はやくいこうぜ。」


ハヅキは鞄を肩で持つと、颯爽と駈歩し、少し先の桜の樹の足許でとまった。


満開の桜の下で微笑んでいる。その樹だけが満開である。柔土のうえには、夥しい量の櫻が落ちている。サミヅキは直ぐに追いついた。ふと、落ちた櫻を一粒手にとってみると、一輪が其の儘落ちていた。どの花粒をみやっても、純白の花冠がそのまま落ちたものであった。


「ハヅキ、見てご覧よ、此れ全部、花が其の儘落ちている。」

ハヅキは訝しげな表情を軽く現したが、


「鳥さ。鳥の仕業さ。よくあることだよ」

と、また例の微笑みをしながら云った。



僕は樹をじっと見つめたが、鳥の気配は無く、反対に春とは似付かわしくない重圧的な沈黙を、その樹が生み出しているような気がした。

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