③楽園村〜村から街へ出発
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残りの日程は、大人のスタッフが示す予定通り過ぎていった。
日毎に担当を変えながら、班ごとに作業をローテーションしていく。
畑: 太陽の下、汗をかきながら野菜を収穫する。
鶏舎で採卵:雌鶏たちが動き回っている部屋に入り、温かい生みたての卵を慎重にカゴへ集める。
豚舎の掃除:ホースの水で床を洗い流し、子豚たちの元気な姿に冷や汗をかきながら励む。
散歩:朝の澄んだ空気の中、広大な敷地を歩く。
食事:コロッケ、ハンバーグ、肉と野菜の炒め物、チキンソーセージ、とうもろこし、きゅうりやトマト、シュークリーム、プリン、カステラ、ぶどう、牛乳、なんでも美味しい
途中で雨が降った日は、作業を休んで大部屋でゲーム大会が開かれた。ハンカチ落としで歓声を上げ、クイズで頭を捻る。
そして、楽園村スタッフとして参加しているお兄さんがギターを弾き始めると、みんなで歌を歌った。
そこには『楽園村オリジナルソング』があった。
何度も参加しているリピーターの子どもたちは歌詞を見ずに元気に歌っている。
最初は口パクだったひかるも、毎日歌を聴くうちにフレーズを覚え、自然と口ずさめるようになっていった。
時々、「研賛会」も行われた。
班ごとに分かれて車座になり、円の中には大人が二人入る。
「じゃあ、今日一日やってみてどうだったか、思ったことを出し合いましょうか」
大人の柔らかな声に促され、順番に声が上がっていく。
作業の合間のミーティングとは違い、研鑽会はもう少し落ち着いた雰囲気の中で進められた。
ひかるも周囲に合わせて、今日やったこと、感じたことをポツリポツリと口にした。
一通り感想を出し終えると、「どんな一日にしたい?」と明日の過ごし方についての問いかけがあり、それぞれが思い描く次の日のイメージを話し合った。
ある日の研鑽会。
畳の上に班ごとに車座になって座ると、いつものように二人のスタッフが輪に加わった。
昼間の作業の疲れが少し残る空気の中、担当の女性スタッフが穏やかな笑顔で子どもたちを見渡した。
「みんな、今日も畑作業や採卵、どうだったかな。ここで過ごしているとね、自分たちがすごく『地球に良いこと』をしているんだなって実感しない?」
スタッフの言葉に、ひかるは膝をかかえたまま静かに顔を上げた。
「ここはね、全部が『循環』しているの。みんなが食べたご飯の残りがどうなるか知ってる? 」
「排泄物もね、ぜんぶ時間をかけて素晴らしい肥料になるんだよ。その肥料を使って土を肥やし、また新しい野菜が大きく育つ。」
「その野菜を私たちが食べて、野菜のくずや草は牛や豚、鶏たちが食べる。そして動物たちの排泄物もまた肥料になって、次の野菜を育てる……無駄になるものが何ひとつなくて、ぐるぐる綺麗に回っているでしょう?」
輪の中の子どもたちが「へえー」「全部つながってるんだ」と感心したように声を漏らす。
「今の外の社会はね、農業が暮らしの中から切り離されちゃっているから、ゴミをたくさん出して環境を破壊して、どんどん悪い方向へ進んじゃっているの。」
「でも、この実顕地で私たちがやっている暮らしは違う。ここにやってきて、こうして作業をしてみんなで暮らすこと自体が、地球にとってすごくためになることだし、環境問題を解決することにつながっているんだよ」
スタッフは誇らしげに胸を張り、子どもたち一人ひとりの目を優しく見つめた。
(私たちがここで作業をしているだけで、地球に良いことをしているんだ……)
ひかるはその言葉を、墨が紙にしみ込むように静かに噛みしめた。
学校では「変な子」「思ったことを言って周りを傷つけるダメな子」として浮いてしまい、家では「活発じゃない」と母親に失望されていた。
外の世界での自分は、どこに行っても邪魔な存在のように思えていた。
けれど、ここでは違った。
カゴいっぱいにきゅうりを採ることも、泥にまみれて作業をすることも、ただこの循環の輪の中にいるだけで、自分は地球の役に立っている。
誰かを傷つけることもなく、誰かに責められることもなく、存在しているだけで肯定されているような感覚。
(ここにいる私は、ダメな子じゃないのかもしれない)
頭でグルグルと考えすぎてしまうひかるの心の中に、「楽園村」の思想がすっと入り込み、小さな救いとなって残った瞬間だった。
7泊8日の日程、6日目。
講堂の広場で「発表会」の練習が始まった。
出し物は、みんなで覚えた楽園村の歌だ。
ひかるも周囲に合わせ、声を揃えて練習に励んだ。
そして訪れた7日目の夜。
発表会の本番だ。
その日の夕食は、特別に豪華だった。
ジューシーな豚ロースの一口ステーキ、鶏の唐揚げ、みずみずしい桃、シャキシャキしたきゅうりとトマトのサラダ、そして味付け卵。
卵かけ用の卵は、「お好きなだけどうぞ」と言わんばかりに丼に盛られテーブルに置かれていた。
愛和館では、少し離れたところのテーブルに外から来た来客たちが食卓を囲んでいた。
その中に楽園村参加者の親たちの姿もあった。
食事を終えたひかるたちは、講堂へ移動していく。
講堂には、村の人々や外からの来客がたくさん集まっていた。
客席の後ろには、ひかるを迎えに来た両親の姿もあった。
「♪〜」
舞台の上で、ひかるは仲間たちと肩を並べて歌を披露した。
講堂や食卓でひかるの様子を見ていた両親は、どこか満足そうな表情を浮かべ、目を細めていた。
「ほら見て、あんなに楽しそうに歌って。楽園村に来て本当に良かったわ。少しは活発で積極的な子になれたみたい」
母は、ひかるが笑顔で歌うたった一つの場面だけを切り取り、自分の思い通りの「理想の娘」に近づいたのだと勝手に納得していた。
けれど、ひかるの胸の内は違っていた。
歌を歌っていたのも、作業をこなしていたのも、集団から浮かないように周りを「よく見て、よく聞く」ことで必死に適応していた結果に過ぎない。
内面の消極的な部分や、頭でぐるぐると深く考えてしまう癖は何一つ変わっていなかった。
8日目の朝。
荷物をまとめた子どもたちが会場の広場に集まり、楽園村の最後を締めくくる「出発研鑽会」が始まった。
大部屋に大きな車座が作られ、子どもたちとスタッフの全員が顔を合わせる。
「みんな、7泊8日本当に楽しかったね。自分の家へ帰っても、ここで学んだ『よく見て、よく聞く』ことや、命の循環のことを忘れないで過ごしてね。そして、いつでもまたここへ帰ってこようね」
スタッフのお兄さんがそう語りかけると、周囲の子どもたちは力強く頷いた。
ひかるも周囲に合わせて小さく首を振る。
研鑽会の最後、スタッフのお姉さんがパンと手を叩き、明るい声を張り上げた。
「さあ、最後はみんな声をかけ合って、元気に出発しましょう! 私たちが『いってらっしゃい』と言ったら、みんなは『行ってきます』って返してね!」
お姉さんの合図とともに、スタッフたちが一斉に笑顔で声を揃えた。
「いってらっしゃい!」
「行ってきます!」
子どもたちの声が会場の天井に響き渡る。
ひかるも周りの勢いに押されるように、小さな口を開けて声を張り上げた。
「いってらっしゃい!」
「行ってきます!」
何度も、何度も繰り返される掛け声。
「さようなら」や「バイバイ」ではなく、「いってらっしゃい」と「行ってきます」。
ここは離れていく場所ではなく、いつでも帰ってくるべき「家」なのだと、その言葉の反復が子どもたちの身体に深く刻み込まれていく。
掛け声を交わしながら、子どもたちは一人、また一人と荷物を抱えて会場を後にしていった。
外に出ると、真夏のまぶしい日差しの中に両親の車が待っていた。
「ひかる! 元気にできた?」
車に乗り込むと、母親が待ちきれない様子で後部座席のひかるを振り返り、嬉しそうに目を輝かせた。
「……うん、楽しかったよ」
バックミラー越しに会場の方を振り返ると、スタッフたちが手を振りながら、小さくなる車に向かっていつまでも「いってらっしゃい!」と声を張り上げているのが見えた。
(私は、どこに『行って』、どこへ『帰る』んだろう)
実家へ戻る車の中で、ひかるは手元に抱えた大きな荷物の重みを感じながら、どこかフワフワとした浮遊感の中にいた。
学校や家庭という冷たい現実へと戻っていく恐怖と、「またあそこへ帰れば受け入れてもらえる」という奇妙な安心感が、胸の中で静かに混ざり合っていた。
荷物をまとめ、両親の車に乗って実顕地を後にする。
バックミラーに映る楽園村の景色が小さくなっていくのを見つめながら、ひかるは静かに息を吐いた。
「楽園村」での生活は、居心地の良さと集団生活の息苦しさが混ざり合った不思議な時間だった。
けれど、家に帰ればまた、自分の表面的な変化しか見てくれない母親との暮らしと、学校での冷たい視線が待っている。
ひかるは手元のお土産のお菓子をギュッと握りしめ、ただ静かに前を見つめていた。




