②楽園村〜ハレハレ集会とダブルの布団
楽園村での2日目からの夜の時間は、会場内の広間を使って「ハレハレ集会」と呼ばれる賑やかな集会が開かれた。
「はーい、みんな集まってー!」
スタッフのお兄さんやお姉さんたちの元気な声が会場に響き渡る。
集会の始まりはいつも歌だった。
選曲されているのはビートルズが流行った頃のどこか懐かしい洋楽やポップスだったが、歌詞の内容は「みんなで分け合う」「仲良し」といった楽園村の考え方に合うよう、少しアレンジされていた。
リピーターの子たちが口ずさむメロディに耳を傾けながら、ひかるも静かに音に馴染んでいった。
歌の後は、スタッフによる趣向を凝らした「寸劇」が始まる。
ある日の演目は、トマト嫌いな男の子の物語だった。
「えー、僕トマトなんて大嫌いだよ!」と大げさに嫌がる劇中の男の子。
すると、別のお兄さんが登場して、語りかける。
「実はね、トマトの原産国は遠い南米なんだよ。そして、この一個のトマトが君の目の前に届くまでに、どれだけの人がお世話をしてきたと思う? 」
「農家の人、運ぶ人、料理する人……みんなが『どうか美味しいトマトに育ちますように』って心を込めて世話をして、やっと今、ここで収穫できたんだ」
劇を通して語られるトマトの背景や物語。
嫌がっていた男の子が「それなら……ちょっと食べてみようかな」と気持ちを変えて一口かじり、「美味しい!」と笑顔を見せると、会場全体から「おーっ!」と拍手が巻き起こった。
物事をただ「嫌い」で終わらせず、その背景にある人の手や関わりに目を向けさせる考え。
ひかるは膝を抱えたまま、舞台の劇を静かに見つめていた。
また別の日のハレハレ集会では、「チェッチェコリ」の軽快な音楽が大音量で流れた。
「さあ、みんなで踊るよー!」
お兄さんたちの合図で、子どもたちが一斉に身体を揺らし始める。
ひかるは運動がどちらかといえば苦手で、大勢で騒ぐのもあまり得意ではなかったけれど、周囲の楽しげな熱気に押されるようにして、ぎこちなく手足を動かした。
歌で始まり、劇やダンスで笑い、最後はまたみんなで歌を歌って締めくくる。
学校での冷たい静寂や、家庭でのどこか張り詰めた空気とは対極にある、圧倒的な「肯定」と「盛り上がり」の空間。
スタッフたちの弾けた笑顔に囲まれながら、ひかるの心の中に残っていたざらついた思いが、ハレハレ集会の熱気の中で少しずつ削られていくようだった。
楽しい雰囲気で終えた広間を後にした頃には、少し眠気も感じていた。
ひかるはいつも21時ごろには布団に入ているので、その時間あたりかもしれない。
男女に分かれ大部屋に運ばれてきた布団を全員で協力して敷いていく。
ここでのルールは、大きなダブルの布団一枚に子どもが二人で寝ること。
(……誰と一緒に寝ればいいんだろう)
一瞬で部屋の空気に小さな緊張が走る。
すでに仲良くなった子たちは「一緒に寝よう!」と声を掛け合っていた。
消極的でおとなしいひかるにとって、誰かに「一緒に寝よう」と声をかけるのは、とてつもなく勇気がいることだった。
声をかけて断られたらどうしようという不安が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。
立ち尽くしていると、近くにいた同じ班の子が「ひかるちゃん、ここ一緒に寝る?」と声をかけてくれた。
胸をなでおろし、小さく頷いて布団に潜り込む。
部屋の明かりが消え、静けさが訪れると、日中の賑やかさが嘘のように引いていった。
今日一日は確かに楽しかった。
みんな優しくしてくれたし、作業で褒められたのも嬉しかった。
けれど、暗闇の中で天井を見つめていると、ふと家への寂しさが胸の奥からこみ上げてくる。
四六時中、誰かと一緒の集団行動は、気を使わないように見えてやっぱり疲れる。
一人になってぼーっと書道の手本を眺めるような時間が恋しい。
家で毎週見ていたあのアニメの続きはどうなったんだろう、家族のみんな今頃何をしているんだろう。
(……早く、楽園村終わらないかな)
楽園村での安心感と居心地の良さを感じつつも、集団生活の息苦しさと家への郷愁が混ざり合う。
ひかるは隣の子の規則正しい寝息を聞きながら、そっと布団を頭までかぶった。




