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現在地から揺れる振子

込み上げてきた動悸と息苦しさに耐えかね、ひかるは休み時間になると逃げるように教室を抜け出し、廊下の窓辺に向かった。


窓を開け、秋の気配を含んだ冷たい空気を深く胸に吸い込む。


眼下に広がる街並みや、通りを行き交う人々の姿をぼんやりと眺めているうちに、荒れていた鼓動はゆっくりと静まっていった。


(……まだ、専門学校の1年生の2学期が始まったばかりだからかな)


考えてみれば、大検を終えて新しい環境に飛び込んでから、まだ顔と名前すら一致しないクラスメイトも多い。


慣れない専門知識の勉強や一人暮らしの緊張、日々のストレスが知らず知らずのうちに積み重なり、心が過敏になって過去の暗い記憶を引き寄せてしまったのかもしれない――ひかるはそう自分に言い聞かせ、乱れた気持ちを落ち着かせた。


秋が深まり始めた頃、実家の郵便受けを経由して、昔の仲間である紬(つむぎ)からの手紙が届いた。


紬とはこれまでにも数回手紙のやり取りをしていたが、ここ1年ほど返事が途絶えていた。


専門学校に通い始めた報告も兼ねて「そろそろこちらから手紙を書いてみようか」思っていた矢先のことだったので、無事に届いた封筒を見てひかるは心から安堵した。


手紙を開くと、そこには都会の大学に通う紬の、躍動感あふれる近況が綴られていた。


この夏、紬は1ヶ月間アメリカへ短期留学に行ってきたのだという。


最初に割り当てられたホストファミリーの家では、小さな子どものベビーシッターばかりを押し付けられ、勉強時間が全く確保できなかったこと。


そのため、自ら留学の斡旋会社へ粘り強く交渉し、別のホストファミリーに変えてもらったこと。


日本のようにはいかない治安の悪さに、滞在中はずっと気を張って用心していたこと――。


直面したトラブルにも屈せず、自分の力で環境を切り開いていく紬の逞しさと、外の世界でしっかりと自分の人生を楽しんでいる姿が伝わってきて、ひかるは「すごいなぁ、いいなぁ」と心から眩しく思った。


季節が秋へと移り変わる頃、以前会った元学園生の子たちと再び集まることになり、繁華街にあるイタリアンレストランへ向かった。


集まったのは、ひかるを含めて3人。約束の場所に現れた2人は、2人とも綺麗な茶髪に髪を染め、どこか華やかで派手な雰囲気を纏っていた。


パスタやピザを囲みながら近況を話し合う中で、1人目の子が「今はキャバクラでバイトしてるんだ」と明かした。


やはり中卒という学歴では昼間の良い仕事が見つかりにくく、夜の仕事の方がずっと稼げること、そして自分にはそういう接客の仕事の方が向いていると感じていることをサバサバとした口調で語っていた。


もう1人の方は、見事に大学へ合格を果たし、充実したキャンパスライフを送っている最中だった。


大学ではテニスサークルに入って仲間と楽しく過ごしており、最近は彼氏もできたのだと照れくさそうに微笑んでいた。


2人ともそれぞれの場所でたくましく、自分の選択した人生を謳歌しているように見えた。


(みんなは……学園の暮らしを思い出して嫌な気分になったりしないのかな?)


トラウマに苦しんだり、ふとした瞬間に辛くなったりしないのだろうか。


あるいは、バイトや就職の面接で「過去の経歴」を聞かれた時、みんなどうやって答えているのだろう――ひかるは喉まで出かかった問いを尋ねてみたかったが、あまりに楽しそうな2人の雰囲気を壊すのがためらわれ、結局聞きそびれてしまった。


(またこの子たちと会う機会はあるだろうから、その時に聞いてみよう……)


ひかるはそう心の中で納得させ、2人の明るい笑顔に頷きを返した。



専門学校での学びは、本格的な「資格取得」に向けたステップへと突入していた。


ある日の講義で、試験対策を担当する講師がこんなアドバイスを口にした。


「資格試験の勉強をするとき、分厚いテキストを最初から最後まで何度も読み込むのは効率が良くない。それよりも、過去問題集の3年分を何回も繰り返し解く方が遥かに合格への近道だ。なぜなら、問題集の解答解説欄というのは、必要な知識が1番分かりやすく簡潔に要約されているからね。解説をしっかり読み込むこと自体が、最高のインプットになるんだよ」


目から鱗が落ちるような実践的なアドバイスを受け、ひかるはさっそく過去問題集を買い込み、ひたすら問題を解いては解説を読み込む勉強法へと切り替えた。


努力の仕方が明確になったことで、日々の勉強にはより一層熱が入った。


専門学校の課題と資格勉強に打ち込む日々。自分の足で1歩ずつ前に進んでいる実感はある。


けれど、それでもなお――ふとした静寂の瞬間や、夜1人で部屋にいる時に、脈絡もなく村の記憶が頭をかすめることがあった。


あの和室の冷たい空気、共同体の歪んだ視線、自分が否定された瞬間の感覚。


一度過去の影に捕まると、「自分はなんてダメな人間なんだろう」と出口のない自己嫌悪に陥り、理由もなく気持ちが落ち込んでしまう日もあった。


進み続ける強さと、消えない過去の傷。2つの思いの間で振子のように揺れながら、ひかるの秋は静かに深まっていった。


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