共用フロアの風と等身大の居場所
専門学校への進学は、父親が教育ローンを組んでくれたおかげで実現した。
大検の受験費用に続き、決して安くはない学費をなんとか工面してくれた父親に対し、ひかるの胸には深い感謝が込み上げていた。
共同体に依存せず、外の世界で学ぼうとする自分の選択を、不器用ながらも経済的に支えてくれた。
その重みをひかるはしっかりと噛み締めていた。
住まいは、学校が提携している学生寮に入ることになった。
見知らぬ街で一からワンルームマンションを借りて一人暮らしを始めるとなれば、敷金や礼金、光熱費など莫大な費用がかかってしまう。
けれどこの寮であれば、個室が確保されている上に、周辺のマンション相場よりも毎月2万円から3万円ほど安く抑えることができた。
建物自体はあまり日当たりが良くなかったものの、築年数が浅く割と綺麗な作りだった。
洗濯機や大型のお風呂、洗面台は各フロアでの共用スタイルだったが、学園や村での徹底された集団生活を経験してきたひかるにとって、その程度の共用スペースは何の苦にもならなかった。
春、父親に買ってもらった新品のスーツに袖を通し、ひかるは入学式を迎えた。
その日は季節外れの暑さで、慣れないスーツの中でじっとりと汗ばんだが、ひかるの胸には「いよいよ新しい生活が始まる」という期待と希望が膨らんでいた。
しかし、いざ同じクラスになった周囲の生徒たちを見渡してみると、ひかるが抱いていた熱量とはどこか温度差があった。
彼らの多くは、第一志望の大学を受験したものの不合格になり、「仕方なく渋々この専門学校に入ってきた」という挫折感を抱えている子たちばかりだった。
「自分は頭が悪いんじゃないか」「世間から落ちこぼれだと思われているんじゃないか」といった劣等感を隠しきれず、表情が暗い生徒も少なくなかった。
現役で大学へ進むという「正規のルート」から外れてしまったコンプレックスに、彼らもまた苛まれていたのだった。
さらにひかるを戸惑わせたのは、クラスの男女比だった。
情報系の学科ということもあり、1クラス二20人のうち、女の子はわずか5人。残りの15人は全員男の子だった。
ひかるは学園時代から男子に対して強い苦手意識を持っていた。
集団生活の中で雑に扱われたり、きつい言葉を投げかけられたりした過去の記憶が蘇り、最初は「うまくやっていけるだろうか」と身構えてしまった。
しかし、意を決して普通に話しかけてみると、男の子たちは無視することもなく、ごく自然に穏やかなトーンで返事をしてくれた。
(あ……普通に会話ができる……)
拍子抜けすると同時に、ひかるは心の底から胸を撫で下ろした。
男だからと変に構える必要などなく、当たり前に接すれば当たり前に返ってくる。
かつて学園や村で感じていた男性への恐怖や警戒心は、あの閉鎖的な環境特有の歪みが生み出していたものだったのかもしれないと、ひかるは静かに気づかされた。
だが、会話が進む中で避けて通れない問いがあった。
「ねえ、ひかるちゃんは高校どこに行ってたの?」
雑談の輪の中でそう聞かれるたび、ひかるの胸に小さな後ろめたさが走った。
「高校へ行っていない」という事実を告げることが、どうしても胸をちくりと刺す。
「ううん、高校へは行ってないんだ……」
「えっ、じゃあどうしてたの?」
「自給自足で暮らす村みたいなところにいたの」
過去を隠さずそう答えると、反応は様々だった。
「へえ、そうなんだ」と大して深く追及せずに流してくれる人もいれば、「あ、なんかそれ知ってる。テレビでやってたヤバい場所じゃないの?」と眉をひそめる人もいた。
世間の好奇の視線は相変わらずそこにあったが、ひかるは必要以上に傷つかないよう、受け流す術を少しずつ身につけ始めていた。
幸いなことに、クラスに数人しかいない女の子たちは大人しくて穏やかな子が多く、すぐに打ち解けて穏やかに会話ができるようになった。
学校の授業は、朝から夕方までびっしりと詰め込まれていた。
バイトをするなら夜の数時間くらいしか空きがなかったが、専門的なパソコンの講義やプログラミングの基礎は想像以上に難しく、ついていくのが精一杯だった。
ひかるはアルバイトに時間を割く余裕を諦め、授業が終わるとすぐに寮の個室へ戻り、机に向かって復習と勉強に没頭した。
かつて自分の意思で選べなかった時間が、今は自分の学びのために満たされていく。
静かな寮の部屋でキーボードを叩き、ノートを広げる日々の中で、大きな波乱もないまま、淡々と、けれど確実に最初の学期が過ぎ去っていくのだった。




