合格の知らせ手探りの未来
大検に向けた勉強は、思いのほか順調に進んでいた。
中学の復習を少し深掘りしたような内容はすんなりと頭に入り、郵送で取り寄せていた予備校の模擬試験でも、毎回割と良い点数を取ることができていた。
週に2日通うアルバイト先は、いくつかの店舗が入った複合施設の中にある、お菓子やパンを販売する小さなお店だった。
仕事内容はシンプルで、店内や店頭に陳列されている商品をお客さんがトレーに選び、それをレジで打ち込んで袋詰めし、笑顔で手渡すというものだった。
時間の流れには波があり、夕方の混雑時には途切れなくお客さんが押し寄せる一方で、昼下がりの暇な時間帯には客足がぱったりと途絶えることもあった。
立ち仕事のため、夕方近くになると足がパンパンに張り、だるさが残ったが、スーパーの時のような重苦しい人間関係や監視の視線はなく、仕事自体は決して悪くなかった。
ある暇な時間帯、向かいの店舗の従業員が手持ち無沙汰そうにひかるの店へと歩み寄り、気安く話しかけてきた。
「あなたは高校生?」
「違います」
ひかるが答えると、その人は不思議そうに首をひねった。
「じゃあ、大学生?」
「違います」
「じゃあ……なんなの?」
矢継ぎ早に尋ねられ、世間的な肩書を持たないひかるが答えに詰まっていると、隣にいた店の先輩従業員が助け船を出すように「フリーターだよ」と代わりに答えた。
ひかるは少し困惑しながらも、言葉を添えた。
「……フリーターとなるかもしれないですけど、今は家で進学のために勉強中なんです」
すると、話しかけてきた人は「へえ、遊んでいられていいねぇ」と軽口を叩き、ひらひらと手を振りながら自分の店へと戻っていった。
(遊んでいるわけじゃないのに……)
毎朝机に向かい、過去問と格闘し、売店で立ち仕事をして自分の未来を必死に手繰り寄せようとしている。
その努力を一言で片付けられたような気がして、胸の奥にモヤモヤとした不快感が残った。
世間にとって、学校にも会社にも属していない若者は「遊んでいる存在」に見えてしまうのだと、ひかるはほろ苦さを噛み締めた。
季節が巡り、8月の大検本番を無事に終えた。
それから一ヶ月後、自宅のポストに届いた厚みのある封筒を開くと、そこには「受験科目全合格」の通知が入っていた。
全科目が一度で合格していた。
通知書を手にした瞬間、ひかるの胸に込み上げてきたのは、これまで味わったことのない純粋な嬉しさと、確かな「やり遂げた」という達成感だった。
自分の力で情報を集め、計画を立て、勉強し、結果を出した。
共同体の庇護も、誰かの指示もない場所で勝ち取った初めての成果だった。
その夜、父親に大検の合格を報告し、「次は専門学校か短大への進学を考えている」と打ち明けた。
父親は一瞬、少し難しい顔をして考え込む素振りを見せたが、やがて静かに「わかった」と承諾してくれた。
しかし、大検という目の前の目標をクリアした途端、ひかるは「次は何をすればいいのか」という大きな迷いの渦に投げ出された。
昔から好きだった「絵」を習ってみたいという思いが頭をよぎった。
けれど、絵で食べていくのは現実的に相当難しく、失敗した時のリスクが大きすぎる。
かといって、今から大学受験を目指すのは時期的に厳しいのだろうか。またしても一人で悩みを抱え込む日々が始まった。
考え抜いた末、これからの時代、社会で一人立ちしていくためには「手に職をつけた方がいい」という結論に至った。
情報系の技術を身につければ働ける場所があるかもしれないと考え、気になる情報系の学校からパンフレットをいくつか郵送してもらうことにした。
進路について、淡い期待を抱いて再び母親に相談してみた。
だが、母親から返ってきたのは、やはり「そういうことは、同年代の子に相談してみたら?」という以前と変わらない言葉だった。
(やっぱり、お母さんは頼りにならないんだな……)
親に対して信頼できる感じがどうしても持てなかった。
他の家庭の親だったら、こういう人生の岐路に立った時、どんなアドバイスをしてくれるのだろう。
世の中には様々な人がいて、「普通の家庭」なんてどこにも存在しないのかもしれない。
けれど、自分の悩みや問いに対して、ちゃんとに向き合って話を聞いてくれたり、人生の先輩として助言をくれたりする親子関係があるのだとしたら――それはひかるにとって、たまらなく羨ましいものに思えた。
自分の置かれた環境には、そういう温かな道標が存在しないのだという寂しさが胸を刺した。
予備校への入学も少し考え、一人で大手予備校の見学に行ってみた。
対応してくれた担当者は「今からでも短大や大学受験は十分間に合いますよ」と力強く背中を押してくれた。
しかし、その言葉を聞けば聞くほど、ひかるの心には「本当に自分が大学受験の競争についていけるのだろうか」という強い不安が広がっていった。
やはり自分には、専門学校くらいがちょうどいいのかもしれない。
「専門学校」という名前の通り、ここは実用的な専門技術をしっかり教えてくれる場所なのだろう――世間知らずなひかるはそんな淡い期待を抱き、進学先を専門学校に絞ることに決めた。
秋の終わり頃、気になっていた情報系専門学校のオープンキャンパスへ見学に行った。
その学校は、実家から電車で通うにはあまりにも遠い場所にあった。
ここに通うとなれば、実家を出て、見知らぬ街で「一人暮らし」を始めなければならなかった。
不安と、かすかな期待が混ざり合う中で、ひかるは新しい世界の入り口に立っていた。




