冷ややかな露呈と、揺らぐ「素直さ」の行方
視線が一斉に自分へ集中する圧迫感の中、ひかるは乾いた喉を押し通すようにして、ゆっくりと口を開いた。
「私は……みんなの発言を聞いていて、みんながすごく思えて。私なんかの『手放したいもの』なんて、すごく次元が低いんじゃないかって思って……どうしたらいいんだろうって、分からなくなりました」
部屋を包む沈黙の中に、ひかるの絞り出すような声がポツリと落ちた。
周りの高尚な「自我の放棄」に比べて、あまりにも幼く見える自分の葛藤。
それを認めて口にすること自体、恐怖だった。
すると、車座の少し離れた場所に座っていた女の子が、穏やかな声で言葉を挟んだ。
「次元なんて、低くなんかないよ。それぞれが、今本当に手放したいって思っている事なんだから」
その言葉に、ひかるは一瞬胸が救われるような心地がした。しかし、次の瞬間には冷たい疑念が首をもたげる。
(そうは言っても……本当に大丈夫なのかな? そんな綺麗事で済むんだろうか……)
村の理想から見れば、自分の悩みは明らかに歪で、異質なものに思えてならなかった。
安易に「大丈夫」と自分に言い聞かせることすら怖かった。
さらに、別の参加者から追い打ちをかけるような声が飛んだ。
「ひかるちゃんも、もっと普段から自分が思ったことを言った方がいいと思うな」
その一言を聞いた瞬間、ひかるの心臓がひやりと冷え込んだ。
(やっぱり……)
アドバイスの形をとってはいたが、ひかるにとっては「お前はいつも本音を隠して逃げている」「周りからダメな子として見られていた」という事実を突きつけられたのと同じだった。
自分の防衛策も、見透かされ、低く評価されていたのだという現実が、重く肩にのしかかった。
「はい、ではここで一旦休憩にしましょう」
世話係の声で、張り詰めていた場が緩んだ。
30畳の和室から一歩外へ出ると、廊下の空気が肌寒く感じられた。
研鑽会の熱気と緊張から解放された廊下で、コップにお茶を注ぎながら、参加者たちがポツリポツリと雑談を交わす。
「……疲れるね、やっぱり」
「うん、頭が痛くなってきちゃった」
さっきまで車座の中で互いの内面を厳しく指摘し合っていた者同士が、ここでは「疲れるね」と小声で労わり合っていた。
その光景の歪さに、ひかるはただ冷えたお茶を喉に流し込むことしかできなかった。
休憩が明け、全員が再び座布団の上に腰を下ろすと、世話係の女性が一段と強い口調で言った。
「みなさん、今まで以上に、もっと本音をみんなで言い合った方がいいです。お互いのために、もっと深く踏み込みましょう」
その言葉をきっかけに、後半の研鑽会はさらに凄惨な様相を呈していった。
「その言い方は、ただの自分勝手」
「心のどこかで、まだ人をバカにしているみたいだよ?」
「本音」という名のもとに、容赦のない刃が互いの存在へと向けられる。
そして、その刃はついにひかるにも突き刺さった。
「なんでひかるちゃんって、作業を休む時があるの? サボりなの?」
突然投げかけられた問いに、ひかるの身体がすくんだ。
体調を崩し、起き上がれなかった日のことが頭をよぎる。
「行こうと思っても、起きられなくて……」
必死に声を絞り出したが、相手はフッと鼻で笑うように吐き捨てた。
「やっぱサボりじゃん。意志が弱いんだよ」
「みんなだって辛いのに、自分だけ体調を理由に逃げてる」
「それって自分が楽をしたいだけじゃないの?」――立ち代わり浴びせられる厳しい指摘、本心を暴こうとする追求の言葉。
必死で耐えようとしたものの、張り詰めていた感情の糸がプツリと切れ、ひかるの目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
畳の上にポタリと涙のシミが広がっていく。自分の情けなさと、逃げ場のない恐怖に、ただ肩を震わせるしかなかった。
(私は、迷惑でしかなかったのかな)
ひかるが暗い顔で畳を見つめる中、世話係は静かに全体へ問いかけた。
「みなさん、本当に手放したいことは何ですか? それを手放したら、今後どうやっていきたいですか?」
涙を拭うひかるの横で、周囲の参加者たちの発言に変化が現れ始めた。
過酷な相互批判を経たことで、先ほどまでの優等生的な答えから、内容が少しずつシフトしていったのだ。
「世話係や親の言うことを素直に聞けない自分を手放したい」とさっきまで言っていた子が、静かに語り始めた。
「私は……『素直に言われた通り聞ける子』が良い子なんだって、ずっと思い込んでいました。でも、聞けない時があってもいいんじゃないかって、思ったんです。どうして素直に聞けなかったんだろうって考えてみたら、世話係や親の言うことが、いつも頭ごなしに言われているように感じていたからでした。」
「本当は、私のことをよく考えて言ってくれていたはずなのに……どうして素直になれなかったんだろう。これからは、まずは一度、相手の言葉を受け入れてみようと思います」
自らの葛藤の根底にあったものを見つめ直し、どう歩み寄るかを模索する言葉だった。
最初の4日間ほどを費やしたこの猛烈な内省のプロセスを経て、研鑽学校は後半のテーマへと移っていった。
「みんなが平和な世界になったら、どういうことが起こるか?」
「みんなで仲良く暮らしていくには、どうすればいいか?」
参加者たちは残りの日々を使い、争いのない理想郷を創るための思考を巡らせ、言葉を交わし続けた。
そして、研鑽学校もいよいよ終盤に差し掛かろうとしていた。
「明日から2泊3日の日程で、村人とマンツーマンで暮らし、実際の村の生活を全身で味わってもらいます」
世話係のその告示を聞きながら、ひかるは腫らした目を伏せた。




