通告と猶予のあいだ
高等部3年生の秋、最後の「カワギシ博覧会」が幕を閉じた。
ひかるは前年と同じく合唱隊に加わり、夜遅くまでの練習を重ねて本番を歌い切った。
しかし、達成感に浸る余韻などどこにもなかった。
博覧会が終了した直後、ひかるは係の大人に呼び出され、個別の研鑽会へ臨むことになったからだ。
小さな部屋で向かい合い、ついに卒業後の進路について問われた。
ひかるはあらかじめ準備していた言葉を静かに口にした。
「卒業したら……村に残って、村に入ってみたいと思っています」
これで波風を立てずに村人への道を確保できる――そう思った矢先、世話係の目は鋭く細められた。
「……ひかるちゃん。他の子から聞いたんだけど、夜とか空いた時間に時々勉強をしているそうだね。それは何のためにしているの?」
同級生の誰かが大人に報告していたのだ。
心臓が跳ね上がり、冷や汗が背中を伝った。隠し通すことは不可能だと悟ったひかるは、視線を落としながら答えるしかなかった。
「……大検を受けるつもりで、勉強しています」
すると、世話係は困惑と呆れが混ざったような溜め息をつき、静かに首を振った。
「大検を受けるとなると、膨大なお金も時間もかかるんだよ。」
「村の子ならともかく、一般から来た子に関しては、一回親元に帰って自分たちでやってほしいというのが村の方針ですよ。次の家庭研鑽の時に、両親としっかり話し合いなさい」
拒絶だった。
村を「安全な仮の拠点」にして勉強しようというひかるの生存戦略は、あまりにもあっけなく崩れ去った。
しかも、村側がひかるを研鑽学校の直前まで学園へ戻そうとしないのには、明確な理由があった。
「村の理念」とはまるでかけ離れた「外の資格(大検)」を目指し、一人机に向かって勉強するひかるの姿を、他の学園生たちの目に触れさせたくなかったのだ。
共同体の一体感を乱し、他の生徒たちに余計な「外の世界への迷い」を抱かせる毒素になりかねない。
だからこそ、卒業までの期間、ひかるを隔離するように実家へと追い払う必要があったのだ。
間もなくやってきた家庭研鑽の日。実家に帰省したひかるは、世話係から告げられた言葉をそのまま両親に伝えた。
「村に残りたいと言ったんだけど……大検を受けるならお金も時間もかかるから、親元に帰ってやるように言われた」
それを聞いた両親は、明らかに困惑した表情を浮かべた。
自分たちが新興の思想に傾倒して学園に送り込んだ手前、今更娘が手元に戻ってきて世間の目に晒されることも、大検の費用を負担することも、二人にとっては想定外の「心配事」でしかなかったのだ。
2泊3日の帰省の2日目、困り果てた両親は学園へと電話をかけた。
電話口の担当者から言われた内容は、ひかるに告げられたものと同じだった。
しかし、話の最後にひとつだけ例外的な条件が付け加えられた。
「卒業前に『研鑽学校』が開催されます。その直前になったら、学園に帰ってきてもらって構いません」
研鑽学校――それは、指定された実顕地へ移動し、約2週間にわたって自分の生き方や将来のあり方、自身の心の内と徹底的に向き合い続ける、文字通り「研鑽会尽くし」の極限の思考整理イベントだった。
村側としても、思想的に浮いてしまったひかるをそのまま突っぱねるのではなく、集中研鑽を通してもう一度その歪みを正し、矯正する機会を残したのだった。
こうしてひかるは、他の生徒たちから隔離されるように、高等部卒業を目前に控えながら数週間の長い時間を実家で過ごすことになった。
惣菜屋のおばさんの言葉や、世間の冷ややかな視線が頭をよぎる気まずい実家での日々。
居場所のない家で小さくなりながら、ひかるはただ静かにその時を待った。
数週間後、約束の時期が訪れ、ひかるは再び学園へと戻ってきた。
馴染みの宿舎の扉をくぐると、独特の重苦しい空気が体を包み込む。
異物として一度排除され、自分を試し、矯正するための2週間――逃げ場のない「研鑽学校」という最後の試練の舞台が、すぐ目の前まで迫っていた。




