出し合えない声と深まる影
学園の根底には、独特の教育理念が流れていた。
大人から一方的に教わるのではなく、自ら行動し考え体験して学ぶ「実学」と、集団の中で思いを包み隠さず出し合い、高め合う「研鑽」。
それが学園のあり方だった。「思っていることは何でも話す」「全員が心を開いて自分の意見を出し合うことで、互いに育っていく」――それこそが理想の学び合いだと、日々の生活を通して絶え間なく叩き込まれる。
しかし、根が内気で人見知りなひかるにとって、その理念は救いではなく、自らの人格を力ずくで叩き直されるような猛烈な苦痛でしかなかった。
言いたいことを素直に口に出せない自分、すぐに周りの顔色を窺ってしまう自分。
心の内を土足で踏み荒らされるような毎日の研鑽会は、息が詰まるほどの圧力だった。
けれど、周囲を見渡せば、理念通りに生きているように見える者たちがいた。
世の中を見ても、学校の中を見ても、性格が明るく社交的な人の方が明らかに人生を楽しんでいるように見える。
思ったことを物おじせずに口にし、自分の感情をどんどん開示できる同級生たちは、いつも輪の中心で弾けるような笑顔を見せていた。
本当のところ、彼らが心から満たされているのかは分からない。
それでも、外から見る限り彼らはとても楽しそうだった。
(やっぱり、お母さんが言っていた通りなんだ……)
「自分の思ったことを何でも言えるようになりなさい」という母親の言葉が、脳裏に重く蘇る。
自分がこんなに苦しいのは、学園の仕組みのせいでも、環境のせいでもない。
ただ自分の努力が足りず、明るく開放的な人間になれていないからなのだ――ひかるはそう思い込もうとした。
しかし、現率は厳しい。
共同作業を進める上で、自分の意見を主張することは学園で「善」とされていた。
だが、ひかるは自ら意思を主張して場を引っ張るよりも、明確な意見を持っている人に大人しく従って動く方がずっと得意だったし、性にも合っていた。
それなのに、周りはそれを許してくれない。
「ねえ、ひかるちゃんはどう思うの? もっとはっきり言いなさいよ」
特に意見がない時や、自分の中で思考がまとまっていない時でも、同級生たちから容赦なく発言を促される。
きつい口調で責め立てられることも少なくなかった。
そんな時、「まだ考えがまとまっていないから言えない」と簡潔に断ればよかったのかもしれたい。
けれど、パニックになったひかるは、頭の中でとっ散らかった「考え中のとりとめのない言葉」をそのまま口にしてしまうのだった。
言葉は要領を得ず、支離滅裂になり、相手をかえって苛立たせた。
「何が言いたいの? 結局どうしたいの?」
イライラを隠そうともしない同級生の視線に射抜かれ、ひかるは小さく縮こまることしかできなかった。
朝の作業を休みがちであるという事実も、ひかるの心を容赦なく苛んだ。
自分は対人関係に重大な問題がある欠陥品なのだ。
要領が悪くて頭も良くないし、この集団に対して何ひとつ貢献できていない――深底に沈み込むような激しい劣等感が、日増しにひかるの心を蝕んでいった。
さらに、ひかるを深く悩ませたのは、将来への焦りと自責の念だった。
ひかるの中には、高等部を卒業したあとに「大検」を受けて外の世界へ羽ばたくという、密かな決意があった。
だからこそ、今ここで知識をたくわえ、将来に備えて勉強をしておきたかった。
しかし、集団生活の中で夜のわずかな空き時間を見つけて本を開こうとすると、周囲の目はあまりにも冷たかった。
朝の奉仕作業を体調不良で休んだ日に、夜、机に向かって勉強でもしようものなら、容赦ない陰口が飛んでくるのだ。
「あいつ、朝の作業は休んだくせに勉強なんかしてる」
「体調が悪いんじゃないの? ただのサボりでしょ」
作業を休んだ人間が個人の勉強をすることなど、集団の輪を乱す身勝手な行動としてしか見なされなかった。
高等部を無事に卒業してからの目標だとしても、今少しでも学ぼうとすることすら「サボり」という罪悪感の刃となってひかるの胸に突き刺さる。
休むことも許されず、意見を言わないことも許されず、将来のために備えることすら非難される。
明るく何でも言い合える「理想の子供」になれない自分を持て余し、逃げ場のない狭い宿舎の中で、ひかるは誰にも言えない痛みを抱えて深く思い悩むのだった。




