タダの祭り おにぎりと群衆の残像
5月3日の「ただのまつり」当日の朝は、まだ世界が闇に包まれている午前4時に始まった。
冷え込む空気の中、眠い目をこすりながら大型の観光バスに乗り込む。
エンジン音が重く響き、バスは暗闇の高速道路を静かに走り続けた。
約2時間の移動を経て、かつて本部が置かれていた歴史ある実顕地(村)へ到着したのは、朝の6時ごろのことだった。
到着して早々、ひかるたち高等部女子は、作業現場へと向かった。
現場ではすでに慌ただしく準備が始まっていた。
大学部生や大人たちが手際よく「おにぎりマシーン」と呼ばれる大きな機械を組み立て、またある者は食堂へと向かい、巨大な釜で大量のお米を炊き上げていく。
準備の合間、1年生たちは村人の案内で、この広大な実顕地の中を見学して回ることになった。
広大な農地や施設を巡る中で案内されたのが、「公人のおか」と呼ばれる場所だった。
ここは村で暮らし、村に全てを捧げて亡くなった村人たちの遺骨を納める、カワギシの共同墓地だった。
墓石が並ぶ一般の墓とは異なり、村の思想を象徴するような静けさと独特の空気が漂っていた。
見学を終えると、すぐにおにぎり会場に戻り、本格的な作業へと突入した。
ひかるたち1年生は2つのグループに分かれ、シフトが組まれていた。
午前中に作業をして午後は帰るまで完全フリーになるグループと、午前中がフリーで午後から作業に当たるグループだ。
ひかるは午前中に作業をするグループに割り振られた。
「さあ、どんどんいくよ!」
声を掛け合いながら作業が始まる。
炊きたてのご飯が投入されたおにぎりマシーンから、規則正しく三角のおにぎりが次々と押し出されてくる。
ひかるたちはそれをコンテナへ綺麗に並べたり、手際よく海苔を巻いたりと、目の回るような忙しさで手を動かした。
午前中の作業の合間には、短い休憩時間があり、出来立てのおにぎりで軽い食事をとった。
いよいよお祭りが始まると、おにぎりを求めて外からやってきた一般の客や村人たちが、途切れることなく押し寄せてきた。
無料で食べ物が振る舞われるとあって、会場はすさまじい熱気に包まれていた。
ひかるは、完成したおにぎりをお客さんへ手渡す係を担当した。
「はい、どうぞ!」
「お姉ちゃん、一度に10個ちょうだい!」
「家族の分もあるから、まとめてもらえる?」
次々と差し出される手に、ひかるは必死で対応した。
一人ひとりに手際よくおにぎりを手渡していく作業は予想以上に大変で、感謝の言葉をかける暇もないほどの目まぐるしさだった。
それでも、怒涛の午前中のシフトを終えると、午後からは待望のフリータイムとなった。
ひかるは人混みをかき分けるようにして、広い会場を端から端まで見て回った。
会場内には、北海道から九州まで、日本全国に存在する各実顕地が出店する屋台がずらりと並んでいた。
その土地の特産物や自慢の農産物を使った料理が無料で振る舞われており、どこもかしこも長蛇の列ができていた。
あまりの人の多さと熱気に圧倒され、列に並ぶだけでも一苦労だった。
結局、あれこれ見て回ったものの、ひかるが実際に口にすることができたのは、わずか2品ほどだった。
人混みに酔い、すっかりお腹が空いてしまったひかるは、結局慣れ親しんだおにぎりの作業現場へと戻っていった。
そこに積まれたおにぎりを手に取り、口に運ぶ。
炊きたてのお米の甘みが、疲れた体に染み渡っていくようだった。
このお祭りには、ひかるの両親も姿を見せていた。
しかし、ひかるは両親とほとんど言葉を交わさなかった。
以前、実家で「ここはもうあなたの家ではない」と言い放たれて以来、両親との間には深く冷たい溝が横たわったままだった。
ふと遠目で見ると、両親は同じように学園へ子供を送っている他の保護者たちと輪になり、親しそうに談笑していた。
「我が子を学園に預ける理想の親」同士として意気投合し、とても楽しそうに笑っている。
その光景は、ひかるの胸に寂しさというよりも、どこか冷めた乾いた虚しさを残した。
15時を回ると、賑やかだったお祭りも終わりを告げ、撤収と片付けが始まった。
上級生たちは残って会場の後片付けや資材の搬出作業に当たったが、1年生は一足早く撤収することになり、早々に観光バスへと乗り込んだ。
行きと同じバスのシートに深々と腰を下ろすと、一気に疲労が押し寄せてきた。
ひっきりなしに訪れる客の対応、人込みの熱気、そして両親の楽しそうな姿――様々なものが頭の中を駆け巡り、ひかるはぐったりとまぶたを閉じた。
新しい仲間との新学期の高揚感と、カワギシという異質な世界での疲れ。
それらが混ざり合ったまま、バスは夕暮れの高速道路を静かに走り出した。




