ここは、もうあなたの家じゃない
次の家庭研鑽の日、実家の敷居をまたいだひかるの心は、すでに限界をとうに超えていた。
2泊3日の滞在期間が終わりに近づき、学園へ戻る日の朝。
荷物をまとめる手が、どうしても動かない。
胸の奥からドロドロとした黒い拒絶が込み上げてきて、ひかるは絞り出すような声で両親に告げた。
「……学園に、帰りたくない」
両親は驚いたように顔を見合わせ、それから諭すような、けれどどこか事務的なトーンで尋ねてきた。
「どうして帰りたくないの? 何があったの?」
「やりたいこと」や「将来の目的」といった前向きな理由は何ひとつ答えられなかったひかるだったが、自分を苦しめている「嫌なこと」なら、溢れ出るように次々と口から飛び出してきた。
堰を切ったように、ひかるは自分の身に起きている苦痛を訴えた。
村の子のように、作業が手早くできないこと。
朝起き上がろうとしても体が鉛のように重くてどうしても動かないこと。
学校や学園で、なんでもない時に突然涙が溢れて止まらなくなってしまうこと。
何でも話し合う出し合う空気感に、全く馴染めないこと。
そして、人間関係の苦しさ。
学園の男子部が女子部に対して「きしょい(気持ち悪い)」と日常的に悪口を言ってくること。
毎日の食事の時間、同じテーブルに座る男子部が、あからさまに嫌そうな顔をして座ること。
「私、何か悪いことをしたのかな……? 自分がなんで存在しているのか、もう全然分からないの」
涙をボロボロとこぼしながら、ひかるは必死で助けを求めた。
自分の情けなさも、要領の悪さも、全部曝け出して両親にすがった。
親なら、この苦しみを分かってくれるはずだという最後の淡い期待を抱いて。
ひかるが一通りの苦痛を吐き出し終えると、部屋の中に重苦しい静寂が訪れた。
ひかるの悲鳴のような訴えをじっと聞いていた父親は、表情一つ変えず、ただ短く一言だけ言った。
「……聞いた」
それだけだった。
ひかるは耳を疑った。「聞いた」って、どういう意味だろう。
話を聞くということは、こちらの辛さに寄り添い、少しでも共感してくれることではないのだろうか。
もし共感までいかなくとも、「それなら作業の担当を変えてもらえるよう世話係に話してみよう」とか「男子部との距離を置くにはどうすればいいか」といった、現状を回避するための現実的なアドバイスくらいあってもいいはずだ。
けれど、父親から返ってきたのは、感情の削ぎ落とされた「聞いた」という冷ややかな受容の言葉だけだった。
娘が「存在理由が分からない」とまで追い詰められて泣いているのに、その心を受け止めるつもりも、助け出すつもりも最初からないのだと悟った。
父親にとって重要だったのは、ひかるの感情ではなく、「研鑽の場として意見を聞く」という形式的なプロセスだけだった。
絶望と困惑の中で、ひかるは振り絞るように言った。
「ここにいたい……もう学園には戻りたくないの」
しかし、返ってきた両親の言葉は、ひかるの心を跡形もなく打ち砕いた。
「学園に帰りなさい。……もうここは、あなたの家ではないと思いなさい。学園があなたの家なのよ」
両親の冷酷な宣言に、ひかるの視界は真っ暗になった。
(私には、もう帰る場所さえないんだ……)
実家ですら自分を拒絶し、あの息苦しい村へと送り返そうとする。
逃げ場を完全に失ったその日の夜、布団の中でひかるは強く「死にたい」と思った。
消えてしまいたい。このまま息が止まってしまえば、朝の作業も、男子部の嫌悪に満ちた視線も、親の冷たい言葉も、全部感じなくて済むのに。
本来であれば、家庭研鑽は2泊3日で終わり、学園へ戻らなければならなかった。
けれど、ひかるはどうしても首を縦に振らず、「行きたくない」と必死に抵抗し続けた。
部屋に閉じこもり、学園に戻ることを拒み続けて、気づけば一週間ほどが過ぎていた。
だが、時間が経つにつれて、家の中の空気に耐えられなくなっていった。
両親はひかるに対して、隠そうともせず「迷惑だ」と言わんばかりの視線を向け始めていたのだ。
村のルールを守らず、家庭研鑽の期間を過ぎても家に居座り続ける娘を、腫れ物に触るような、そして不快感を隠しきれない冷ややかな目で見下ろしてくる。
その視線に晒され続けるうちに、ひかるの胸の中に諦めにも似た乾いた感情が芽生えた。
(……私は、この家にいないほうがいいんだ)
両親にとって、自分はもう家族ではなく、村の理想を乱すだけの邪魔者に過ぎないのだ。
愛されていないという現実を突きつけられ、居場所のない家に留まり続けることの方が、学園に戻るよりも辛かった。
一週間後、ひかるは静かに荷物をまとめた。
何も解決しないまま、何ひとつ救われないまま、ひかるは自ら足を進めて、あの冷たいカワギシの学園へと戻っていった。




