男子部、女子部の餅つきと学園の子にふさわしくない者
お菓子を盗まれた嫌な余韻を引きずったまま数日が過ぎていったけれど、季節の巡りは容赦なく、気づけばもう年末年始を迎えようとしていた。
中学校が冬休みに入ると、村の中はお正月を迎える準備で一気に慌ただしくなった。
その中で、一番の大仕事が「正月用の餅つき」だった。
食事以外、普段は完全に隔離されている男子部と女子部だが、なぜかこの餅つきだけは男女合同で行われることになっていた。
男子が重い杵を振り下ろして餅をつき、女子が臼の脇で合いの手を入れる役割だ。
作業場には中等部だけでなく、高等部生や大学部生の先輩たちも集まっていた。
熟練した先輩たちが近くに立ち、「もっと腰を落として」「タイミングは声に合わせてね」と親切にアドバイスを投げかけてくれる。
ひかるも順番が回ってきて、臼の前にかがんで合いの手をやることになった。
けれど、目の前で大きな杵が勢いよく振り下ろされる恐怖から、どうしても手が縮こまってしまい、うまく餅を返せない。
「怖がらなくていいからね」
様子を見ていた高等部の先輩が、柔らかい声で声をかけてくれた。
「餅をつく男子もね、手が危なくなったらしっかり動きを止めてくれるから。相手を信じて大丈夫だよ」
その言葉に少しほっとしたひかるは、勇気を出して手を伸ばした。
目の前の男子も、ひかるの手に合わせて慎重に杵を打ち下ろしてくれる。
ぎこちないながらも必死にリズムを合わせ、なんとか最後まで合いの手をやり遂げることができた。
そうして大勢の手を経てつき上がったつきたての餅は、驚くほど柔らかく、香ばしくて、とても美味しかった。
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元旦の早朝、ひかるたちはバスに乗り込み、暗い山道を登っていった。
山頂の開けた場所で冷たい澄んだ風に吹かれながら、みんなで初日の出を眺めた。
ゆっくりと空を染めていく太陽の光は神々しく、ここ最近の重苦しい気持ちが少しだけ洗われるような気がした。
学園に戻ると、お正月らしい特別な行事が待っていた。
普段の作業着や制服を脱ぎ、色鮮やかな着物を着せてもらうと、背筋がすっと伸びるような感覚になった。
温かいお雑煮をみんなで味わい、その後はお茶会へと向かった。
裏千家の作法に乗っ取って立てられた本格的な抹茶と和菓子をいただき、静寂の中で一口含む。
冷たいトラブルや歪んだルールの影に怯えながらも、目の前で繰り広げられる伝統的で華やかな正月の景色に、ひかるの心はつかの間の穏やかさを取り戻していた。
正月気分が抜けないまま、3学期が始まった。
ふと気づくと、同じ部屋の紬の表情がどこか暗い。
気になって「どうしたの?」と声をかけてみたものの、紬は「ううん、なんでもない」と首を振るだけで、詳しくは話してくれなかった。
学校へ通う日常が戻ってきたが、相変わらず地域の子どもたちとは会話ひとつ交わさない。
村という閉じた世界と、学校という別の世界の間で、ただ時間だけが過ぎていく。
授業を受けて帰るだけの毎日は、本当に退屈でつまらなかった。
そんなある日、ひかるが宿舎の廊下を歩いていると、少し離れた部屋から殺気立った声と、抑えきれない泣き声が漏れ聞こえてきた。
足を止め、そっと様子を窺う。声の主は、もうすぐ卒業を迎える3年生の女子生徒だった。
「世話係の人に言われたの……『あなたはまだ高等部生としてふさわしい心構えができていない。家庭研鑽して、もっと自分の生き方を考えてきなさい』って……」
彼女はしゃくりあげながら、同級生に訴えていた。
「私、みんなと一緒に中学校の卒業式に出たかった……。学園も卒業したかった。なのに、お父さんとお母さんのいる実顕地に行けなんて……そんなの嫌だよ……!」
卒業という一生に一度の節目を前にして、学園の「思想」に染まりきれていないという理由だけで切り捨てられ、追いやられる。
大人の勝手な価値観ひとつで、子どもの大切な思い出や希望があっさりと奪われていく。
(そんなの、あんまりだ……)
理不尽なやり方だとは思った。
けれどその一方で、どこか「そう言われても仕方ないのかもしれない」と冷静に納得してしまう自分もいた。
追いやられることになったその3年生は、普段から世話係の大人たちに対してあからさまに反抗的な態度をとっていた。
校則や学園の決まりを無視して髪を少し茶色に染めてみたり、朝や夕方の農作業の時間を適当な理由をつけてサボったりすることも多かった。
「集団の調和」と「無所有の精神」を絶対とするこの村で、そうした目立つ主張や反抗がどう受け止められるか。
大人たちがそれを「学園の子としてふさわしくない」と判断する理屈も、ひかるには痛いほどよく分かっていた。
(言われた通りの「良い子」でいられないなら、ここに居場所はなくなるんだ……)
先輩のすすり泣く声を聞きながら部屋に戻ったひかるは、ふと自分自身のことへと意識が向き、ハッとした。
(私は……将来のこと、何も考えてなかった)
3年生の卒業や進路の話が現実味を帯びてきたというのに、自分の未来についてまともに思考を巡らせたことなど一度もなかったのだ。
ただ毎日の作業をこなし、3ヶ月に一度の帰省を待ち焦がれ、目の前の息苦しさから逃げることだけで頭がいっぱいだった。
選択肢は、大きく分けて2つある。
ひとつは、このまま「カワギシ学園」の高等部へと進学すること。
村の教えに従い、大人の顔色を窺いながら「良い子」を演じ続ければ、波風は立たない。
けれどそれは、自分の意志や自由を捨て、この閉ざされた共同体に自分をささげ続けることを意味していた。
もうひとつは、学園を出て実家に帰り、外の世界の高校へ通うこと。
それはずっと待ち望んでいたはずの「普通の暮らし」を取り戻す道だ。
けれど、すでに村の思想にどっぷりと浸かり、自分を「理想の娘」として誇らしく思っている両親が、素直にそれを許してくれるだろうか。
「家庭研鑽」という名の話し合いで激しい追及を受けるのは目に見えているし、外の世界の高校に今さら自分が馴染めるのかという不安も重くのしかかる。
(高等部に行くのか……それとも、家に帰って高校へ行くのか……)
どちらを選んでも、茨の道のように思えた。
自分の未来の行き先さえ自分で決められない不安に包まれながら、ひかるは静まり返った6人部屋の天井を、ただじっと見つめることしかできなかった。




