カワギシ博覧会〜客席の拍手と笑顔、「あと何日」を数えながら
10月に入ると、村の空気は一変し、どこか浮き足立った慌ただしさに包まれ始めた。
11月に開催される「カワギシ博覧会」の準備が本格化したからだ。
かつてはただの空き地だった場所に、見上げるほど巨大な骨組みが組まれ、白いテントが広げられていく。
外の世界から大勢の来客を迎えるための、村を挙げた一大イベントだった。
中等部の子どもたちにも、博覧会のステージで発表する「中等部劇」という大きな課題が与えられた。
配役決めの日、舞台の上で物怖じせず大声で喋れるような元気な子たちが、あっという間に主要キャストに選ばれていった。
楽園村の頃から気配を消すことに慣れてしまっていたひかるは、当然のように何の役もつかず、「その他大勢」の合唱メンバーに割り振られた。
劇の合間に流れる数曲の合唱を歌うのが、ひかるたちの役割だった。
劇は男女混ざって構成されるため、練習の時間は必然的に男子部と女子部が同じ空間に長時間並ぶことになる。
しかし、普段から目も合わせず会話すら交わさない間柄だ。
稽古場となった大部屋には、常にどこか硬くギクシャクした空気が漂っていた。
(また『きしょー』って思われてるのかな……)
ひかるは男子たちの視線が怖く、なるべく目立たないよう下を向いて歌っていた。
だが、男子部の子たちの態度は、いつもの集会とはどこか違っていた。
不満そうに下を向く子はいても、あからさまに「きしょー」と吐き捨てたり、露骨に投げやりな態度をとる者は誰一人いなかった。
「男子部の子たち、やる気がない素振りを見せると、世話係のおじさんにすごく殴られるらしいよ」
ある日の練習の合間、隣にいた女子がひかるの耳元でそう囁いた。
噂の真偽は分からなかったけれど、男子たちの強張り切った表情や、必死に声を張り上げる姿を見ていると、あながち嘘ではない気がした。
ここは「怒りや暴力のない平和な楽園」と教えられていたはずなのに、その裏には大人たちの絶対的な力と体罰の影がチラついていた。
不穏な緊張感を孕みながらも練習は繰り返され、11月上旬、ついにカワギシ博覧会が開幕した。
巨大なテントの下には、村で作られた立派な農産物や展示品が並び、普段の静かな実顕地とは思えないほど大勢の外の客で溢れ返った。
日本各地の実顕地で暮らす村人たちも来ていた。
スポットライトが照らすステージの上。
主要キャストの子たちが誇らしげに劇を演じ、ひかるたち合唱組も、大勢の観客に向かって「調和」と「豊かな心」を称える村の歌を声を揃えて歌った。
客席からは大きな拍手が送られ、大人たちは満足そうに目を細めていた。
拍手の渦の中に立ちながら、ひかるは隣に並ぶ男子部の子の横顔をチラリと盗み見た。
完璧に仕上がった舞台と、観客たちの笑顔。
けれどひかるの胸にあったのは、達成感というよりも、歪なルールと体罰の恐怖によって作られた「見せかけの楽園」に対する、冷ややかな違和感だった。
客席のあちこちで、全国から我が子の様子を見にやってきた親たちが集まり、和気藹々(あいあい)と輪を作っていた。
ひかるの母親も、同じようにカワギシ学園に子どもを預けている母親たちと肩を並べ、これまでに見たこともないほど晴れやかな笑顔を弾けさせていた。
「〇〇さんのお宅のお子さんも、すごく生き生きされていますね! やっぱり、この環境で育てて本当に正解でしたわ」
「本当ですね。外の学校にいた頃とは表情が全然違いますもの。学園に子どもを贈ることができて、親として本当に幸せです」
互いの選択を称え合い、手を取り合って喜びを深め深めあう母親たち。
実家では親戚からの嫌味やワンオペ育児に追われ、常に浮かない顔をしていた母親が、ここでは同じ思想を共有する「仲間」に囲まれ、まるでスポットライトを浴びているかのように生き生きとしている。
その誇らしげな横顔は、自分の正しさと子育ての成功を確信しているようだった。
少し離れた場所には父親の姿もあった。
最初は「学歴が大事だ」と強く反対していたはずの父親だったが、他の父親たちと並んで実顕地の巨大な農場施設や整備された整然としたシステムを見学するうちに、どこか毒気を抜かれたような表情を見せていた。
「いやあ、実に無駄のない見事なシステムですね。これなら子どもたちもたくましく育つ」
「ええ、現代の社会では学べない『本当の生きる力』がここにはありますから」
他の父親からそう頷かれ、父もどこか納得したように深く頷いていた。
世間体や一般常識を気にして反対していた父すらも、周囲の親たちの熱気と整えられた「理想の村」の表面的な完璧さに取り込まれていくようだった。
男子部との冷え切った断絶も、大人たちの体罰の噂も、この「完璧に演出された博覧会」の熱気の中では綺麗に隠されていた。
親たちが求めていたのは、ひかるの真の感情ではなく、この「理想の子育てをしている自分たち」という安心感だったのだ。
拍手が鳴り響く中、ひかるは親たちに向かって機械的に笑顔を作りながら、自分がもう二度と「外の世界」の日常には戻れないのだと静かに悟っていた。
大人たちが思い描く「理想の物語」を壊さないよう、上手に仮面を被り続けること。
それが、この楽園で波風を立てずに生き延びるための、ひかるなりの術だった。
けれど、そんな冷めた諦めの中にあっても、ひかるの胸をかすかに押し広げる切実な「救い」が一つだけ存在していた。
カワギシ学園には、3ヶ月に1度、2泊3日で自宅へ帰ることができる「家庭研鑽」と言う規定があった。
どれだけ集団生活で息が詰まりそうになっても、どれだけ男女の壁や大人たちの影に怯えても、「あと〇日で家に帰れる」とカレンダーの数字を心の中で数えることだけが、ひかるを支える唯一のよすがだった。
博覧会の喧騒が去り、寒さが一段と厳しさを増した12月。
ついに、ひかるが指折り数えて待ち望んでいた「家庭研鑽」がやってきた。




