第四話 本当の台本
王太子の本音、明かされます。
沈黙の中、最初に動いたのはユリウスだった。
「――皆、下がってくれ」
周囲の証人たちが、戸惑いながらもその場を離れていく。楽団も気を利かせたのか、控えめな曲調に切り替えた。中庭には、リゼットとユリウス、そしてミアの三人だけが残された。
「殿下……その、これは一体」
ミアが、状況を掴めないまま、おろおろと二人を見比べている。
「ミア、少し待っていてくれ」
ユリウスは、リゼットを促し、中庭の奥、噴水のそばまで歩を進めた。ミアも、少し離れた場所からそっと二人を見守っている。水音だけが静かに響く空間で、ユリウスは改めてリゼットに向き直った。夜風が、二人の間を静かに通り抜けていく。
「――どういうつもりだ」
「……いつから、お気づきでしたの」
リゼットは、もう誤魔化しても無駄だと悟り、静かに問い返した。扇を持つ手に、じわりと汗が滲む。
「昨日、庭園で見た紙の端に、舞台の配置図のようなものが見えた。それに、今夜の証人たちの並び方も、あまりにも不自然だった」
ユリウスは、静かに続けた。
「――君は、私とミアを、無理やりくっつけようとしていたのか」
「そうですわ」
リゼットは、もう隠す意味もないと、はっきり頷いた。
「殿下は、ミア様のことを大切に想っておいでのはず。それなのに、王太子という立場が、その想いを言葉にすることを許さない。だから――わたくしが悪役を演じることで、殿下に婚約解消を切り出させる理由を差し上げようと」
「……それは、誤解だ」
ユリウスの声は、思いがけないほど静かだった。
「殿下?」
「私が想っているのは、ミアではない」
リゼットは、言葉を失った。
「――え?」
「ミアのことは、大切に思っている。だが、それは家族を案じるような気持ちだ。恋愛感情ではない」
ミアも、驚いたように目を丸くしていた。
「わ、わたしも……ユリウス様のことは、お兄様みたいに慕っていただけで……その、恋愛的な意味では……」
ミアは、自分の中の感情を確かめるように、ゆっくりと言葉を選んだ。少し離れた場所から聞いていたはずなのに、その声はしっかりとリゼットの耳に届いていた。
「実を言うと、リゼット様が最近、何かに一生懸命になっておられる姿を見て……ちょっと羨ましかったんです。わたしも、自分の気持ちにもっと正直になりたいなって」
その言葉に、リゼットは胸を突かれた。演出する側のつもりでいたのに、いつの間にか、自分自身がミアに何かを気づかせていたらしい。
「では、殿下は、一体誰を――」
リゼットが問いかけようとした、その時。
ユリウスが、まっすぐにリゼットを見つめた。
「君だ」
その一言に、リゼットの思考が完全に止まった。夜会の喧騒も、遠くの楽団の音色も、一瞬にして耳から遠のいていく。
「――は?」
「以前は、完璧すぎて何を考えているか分からない令嬢だと思っていた。だが、最近の君は違う。何かに夢中になって、生き生きとしている。その顔を見るたびに、目が離せなくなっていた」
ユリウスは、少し照れたように視線を逸らしながら、続けた。
「庭園で紙を隠した時の慌てた顔も、詩作だと嘘をついた時の様子も、正直、可愛いと思ってしまった自分に戸惑っていた」
「そ、それは……」
リゼットは、扇の下で頬が熱くなるのを感じた。前世を含めても、こんな風に真正面から見つめられたことなど一度も無い。台本を書く側として、いつも人の感情を外側から観察し、動かす立場にいた。まさか自分がこんな風に、誰かの視線一つでこれほど動揺するとは思っていなかった。
噴水の水音が、やけに大きく耳に響く。
「今日、君が『婚約を解消してほしい』と言った時――正直、頭が真っ白になった」
「では、どうして今まで、一言もおっしゃってくださらなかったのですか」
リゼットが問うと、ユリウスは一瞬、言葉に詰まった。
「王太子という立場は、私的な感情より公務を優先すべきだと、幼い頃から叩き込まれてきた。婚約者に個人的な好意を持つことすら、贅沢だと思っていた」
その言葉には、リゼットが前世で何度も見てきた「不器用な誠実さ」が滲んでいた。感情を表に出すことを許されなかった人間の、抑え込まれた本音。
「それに――君は、いつも完璧すぎた。付け入る隙など、どこにも見当たらなかった」
「そんな、大それたものでは……」
リゼットは、思わず苦笑した。完璧に見えていたのは、単に前世の演技力の名残に過ぎない。皮肉なことに、その仮面の巧さが、二人の距離を余計に遠ざけていたのかもしれなかった。
リゼットは、扇を握る手が震えているのに気づいた。
ふと、前世の記憶が蘇る。観客席にわずか三人しか座っていなかった、あの最後の芝居の初日。誰にも見出されないまま幕を下ろした、あの日の虚しさ。
誰かにこんな風に、真正面から「見ていた」と言われたことは、前世を含めても一度も無かった。
(――これは、台本にありませんわ)
脚本家として、これほど予測を外したことは、前世でも一度も無かった。書き上げたはずの物語が、目の前で勝手に別の結末へと動き出している。それなのに、不思議と、悪い気はしなかった。
第四話、いかがだったでしょうか。
まさかの告白に、リゼットも読者の皆様も驚かれたのではないでしょうか。次話、いよいよ最終話です。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




