髪なんて使えるときに使うもんよ
そんなこんなで2月。
悪い知らせはいきなり来る。ジークレフがまた私たちのもとに訪れ、言った。
「小鹿野さん、魔国にも協力を頼みたい」
どういうこと?
「詳しい事情をお聞かせ願えませんか?」
私は、『セン』ではなく小鹿野千春の顔をかぶる。ジークレフはやや焦った顔で答えた。
「ムルーターの呪いが、サマセットだけでなく魔国にもあると判明した。あなたの魔力を貸してほしい」
クラレンドが慌てた。
「待ってほしい、彼女はサマセットの呪いを解くことにまず同意している」
クラレンドは、うちの国の危険を救う人間を持っていくなと言っているのだろう。
ジークレフはうなずいた。
「魔国はまだ呪いの場所を特定できていない。恐らく複数に渡るが、サマセットの方が呪いの調査は進んでいるだろう? 特定できたところから解呪していったほうがいい」
クラレンドは「……なるほど。感謝する」と言った。良かった、魔国とサマセットの衝突はとりあえず回避。
私はジークレフに聞いた。
「呪いとは、具体的にどのようなものなのでしょう?」
「寒冷化だ。すぐ進むものではないが」
サマセットと魔国、ともに寒冷化の兆候が見えており、人為的なものと判明したそうだ。
サーボが不思議そうにした。
「冬が厳しくなるのか?」
クラレンドが「そんなものでは済まない」と事態の深刻さを嘆いた。ティースタとフィーユが口々に言った。
「麦も野菜も牧草も育たなくなるよ?」
「冬が長くなれば、豚や牛をつぶしても食いつないでいけないのよ!?」
そう、寒冷化による影響は、まず農作物に来る。食の問題は命に直結する。
また、気候変動は気象災害も併発する。大雪、ハリケーン、洪水……。
私はサーボに言った。
「こちらの世界は温暖化に悩まされていますが、洪水や台風やハリケーンが激しくなっています。寒冷化でも、気象災害による人的被害は起こり得るかと」
「ひ、ひえー……」
サーボは大体わかったみたいである。
ジークレフが口を開いた。
「呪いは魔国とサマセットの各所と思われる。私が用意できる転移魔法を貸す、できるだけ早くそちらの呪いを潰してくれ」
転移魔法はめちゃ高価かつ魔力を食う。現実的には、ジークレフみたいに強くて金のあるやつが少人数送るのにしか使えない。ジークレフが言うところによると、魔国が動くのである程度予算がつくとのことだが。
それから私立ち話し合い、ティーユが解呪の術式作成を頑張り、クラレンドがサマセット各所との折衝を頑張ることになった。
しかし。
私はサマセットと魔国を連れ回されることになるが、そうすると日本への魔力提供ができない。ちなみに、普通の人が1魔力としてジークレフは9000くらい、魔国の王は10000くらい、『セン』は億レベル、私は兆レベルとのことである。替えが効かない存在ではある……。
檜山氏も日本政府も、当然私が日本を離れるのに反対した。しかし、私はひとつ考えがあったので、こう要求した。
「関係者の方々を集めていただけませんか?そこで対処します」
と。頭を下げまくったおかげか、とりあえず了承された。
政府のお偉方、電力会社のお偉方、技術者研究者が集められた日。ジークレフとクラレンド一行も立ち会い、クラレンドはハラハラした顔をしている。
そして、私は皆の前に立ち、言った。
「私の体の一部でも魔力は賄えますので、それでは」
私はかんざしを抜いて髪を下ろし、そしてバリカンを構えた。
「この髪の毛の魔力でご勘弁を」
腰まで届きそうな髪、何かのためにこれまで伸ばしていた髪。私は、躊躇なくそれを刈り落とした。
一同は息を呑む。私は頭を刈り続ける。長い髪が床にバサバサ落ちる。
日本勢はドン引きしていた。これくらいパフォーマンスすればおっさんどもは黙るだろ、伸ばしといてよかった。髪なんていくらでも伸びるし、別に私髪にこだわりないしね。
クラレンド一行は真っ青になって固まっていた。それはそうだろう、サマセットでは女性の長い髪は特別なのだ。短髪の女性はほぼいないし、美しく長い髪は女性の宝とされている。
だもんで、フィーユが泣き出して私を止めようとした。
「こんな! こんなひどいこと!」
私は半刈りの頭のままフィーユをなだめた。
「そんな、泣くほどのことじゃありませんよ、また伸びますよ、日本では長い髪ってそんなに特別なものじゃないんですよ」
「でも、そんな、そんな」
ポロポロ涙をこぼすフィーユ、唇から血の気が引いているサーボとティースタ。クラレンドは愕然として私を見ていた。
技術者の一人が手を上げた。
「そ、その、これだけあれば数年はどうにかなるかと」
私は返事した。
「じゃあとりあえず全部刈りますね」
お偉方は「足りるのか!?」「それならサマセットと国交を悪化させることはない……!」と騒ぎ始め、私は頭を全部刈り終わって、落ちた髪をまとめた。
「では、皆様これをどうぞ」
さっき手を上げた技術者に渡す。頼んだぞ。
そして、私はクラレンドとジークレフを振り返った。
「じゃあ、どこにでも行きますよ」
ジークレフも割と引いていた。
「か、カツラを用立てるか?」
「用意してありますので大丈夫です」
私は荷物からロングヘアのウィッグを出し、かぶって整える。衝撃で口を利けずにいたらしいクラレンドが、うめくようにやっと言った。
「ち、千春さん、あなたはそんな、身を切るようにすべてに奉仕するのか……?」
「髪を切るなんて身を切るうちに入りませんよ。私が行かないと人が死ぬでしょう? 大勢」
クラレンドは目を見開いた。
「そう……そうだ、ありがとう……」
「どういたしまして」
ついでに、私は今髪を渡した技術者に話しかけた。
「何かに使えるかと思って、抜けた髪の毛と爪も集めています。必要ですか?」
「そ、それもください!お願いします!」
土下座の勢いで頭を下げられた。とっといてよかったな。
研究者たちが騒ぎ始めた。
「こっちにもください! 髪と爪で魔力の含有量の違いを調べさせてください!!」
あ、これは政治とかじゃないな、純粋な探究心だな……。研究者はこういう人たちだ。
「では、持ってきているのでお渡しします」
でも、政府のお偉方よりはよっぽどそういう人が好きだよ、私。




