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第二十四話:雨夜の脱獄、悲死の逃亡

 人間界。教団本部。夜明けまで、あと3時間。


 雨が降り始めていた。


 冷たい雨が石畳を叩き、教団本部の建物を黒く濡らしていく。移送部隊は予定通り動いていた。独房からヒカルを引きずり出し、両手に枷をかけ、護衛の騎士8名が囲む。裏門から出て、山道を抜け、人目のつかない谷間で「事故死」として処理する——それがカインの筋書きだった。


 ヒカルは枷に繋がれたまま、黙って歩いていた。抵抗する気力は残っていなかった。雨が顔を打つ。冷たい。だがその冷たさすら、もう感覚として遠かった。


(どこに連れて行かれるのかは分かっている。山道で殺される。逃亡中の事故死。カインらしい筋書きだ)


 教団の裏門を出て、山道に入った。松明の灯りが雨に揺れ、騎士たちの甲冑が規則的に鳴る。森の木々が両側から覆いかぶさり、視界が狭くなっていく。




 その時だった。


 先頭の騎士が崩れ落ちた。音もなく。首筋に細い針が刺さっていた。


「敵襲——!?」


 2番目の騎士が声を上げる前に、闇の中から小さな影が飛び出した。


 リリア・シャイニングだ。


 メイド服は黒く染め直され、雨に濡れて身体に張りついている。右手に短剣、左手に暗器。小柄な身体が騎士の懐に潜り込み、喉元に暗器を突き立てる。2人目が声なく崩れた。


 3人目が剣を抜いた。リリアは低く滑り込み、膝裏を蹴り上げて体勢を崩したところに肘打ち。甲冑の隙間、顎の下。意識が飛んだ。


 最後の4人目が斬りかかる。リリアは短剣で刃を逸らし、懐に潜り込んで首筋に眠り針を刺した。4人目の騎士が、膝から崩れ落ちる。


 静寂が戻った。所要、8秒。


「ヒカル様」

「リリア——なぜ」

「説明は後です」


 リリアの手が、ヒカルの枷の鎖に触れた。暗器の1つが鍵穴に差し込まれ、2秒で枷が外れる。ヒカルの手が自由になった。


「ヒカル様、これを」


 リリアが背中の袋から外套と簡素な衣服を取り出した。囚人服では目立ちすぎる。ヒカルが着替える間、リリアは山道の入口に暗器の罠を仕掛けた。30秒で着替えを終えたヒカルの手を掴み、雨の闇の中へ走り出した。背後で騎士たちの怒号が上がる。だがリリアが仕掛けた煙幕と暗器の罠が、数秒の猶予を作っていた。


 2人は雨の山道を、ただ走った。





 教団本部。カインの執務室。


「報告します。移送部隊が襲撃を受け、クレイヴが逃走しました。襲撃者は——メイドのリリア・シャイニングと思われます」


 伝令の報告を聞いたカインは、椅子に座ったまま、窓の外の雨を見つめていた。


「……予定通りだ」

「は?」

「騎士隊長代理のグレイズに伝えろ。追撃計画を発動しろ、と」


 伝令が駆け去った後、カインは静かに立ち上がった。


(リリア。お前は優秀なメイドだったよ。だがその優秀さが、ちょうどいい駒になった)


 カインは自ら追撃には出ない。手を汚す必要はなかった。すべてはグレイズと精鋭騎士団に任せればいい。山道で追い詰め、「逃亡中の抵抗」として2人を始末する。教団には「裏切り者が逃亡を図り、追撃中に死亡した」と報告される。



 完璧な筋書き。




 完璧な、はずだった。





 ◇◆◇◆◇


 山道。雨は激しさを増していた。


 ヒカルとリリアは、起伏の激しい山道をひたすら走っていた。足元はぬかるみ、木の根が足を取る。ヒカルは3日間の拘束と絶食で身体が弱り、何度も膝をついた。そのたびにリリアが手を引き、立ち上がらせた。


「ヒカル様、もう少しです。この山道を抜ければ——」

「リリア、どこへ向かっている」

「断崖の先に、旧街道への抜け道があります。カインの計画書に記載されていた地形図から割り出しました。そこまで行ければ、追手を撒ける可能性があります」


(断崖。カインの計画書に記載。——カインがわざと情報を盗ませたなら、その抜け道に追手が待ち構えている可能性は高い)


 ヒカルの軍師としての頭脳が、朦朧とした意識の中で警鐘を鳴らしていた。だが今の彼には、リリアの手を振り払って別の道を選ぶ判断力も体力も残されていなかった。


 背後から、甲冑の擦れる音と、水しぶきを上げる足音が近づいてくる。


 精鋭騎士団20名。先頭に立つのは、騎士隊長代理グレイズ。中年の男で、カインの腹心。命令に疑問を挟まない冷酷な実行者だった。当初は騎馬で追撃を開始したが、山道が険しくなるにつれ馬では進めなくなった。


「下馬しろ。徒歩で追う」


 グレイズの命令で、20名の騎士が馬を捨てた。重い甲冑が泥濘の山道で足を取るが、数の優位は変わらない。


「見つけたぞ、裏切り者。それに——メイド崩れが1匹」


 グレイズの声が、雨の中に響いた。

 リリアはヒカルの手を握り直した。その手が震えていることに、ヒカルは気づいていた。


「ヒカル様。走ってください。止まらないで」


 2人は再び走り出した。雨と闇と、迫りくる甲冑の足音。森を抜け、山道は次第に狭くなり、足元の土が岩に変わっていく。


 追い詰められている。それは2人とも分かっていた。





 竜の国と人間界の境界。

 山道の上方。


 レヴィアは、雨雲に覆われた夜空の下、岩場に身を潜めていた。


 古城を発って数時間。シエルが指定した断崖の近くまで来ていた。人型のまま、翼を収め、気配を消している。竜の魔力を放てば教団の感知網に引っかかる。だから今は、ただの1人の女として、雨に打たれながら待つしかない。


 右腕の赤い布が、激しく脈打っていた。


 とくん、とくん、とくん。速い。乱れている。走っている。ヒカルが走っている。


(近い。——すぐそこにいる)


 6年間、遠い鼓動を聞き続けてきた。布越しの温もりだけで、あの人の生存を確かめてきた。それが今、こんなに近い。こんなに激しい。


 だがその鼓動の奥に、もう1つの音が混じっていた。絶望。深い、底なしの絶望。ヒカルの心が壊れかけている。


(待ってて。もう少しだけ——もう少しで、届く)


 雨が顔を打つ。冷たい。だがレヴィアの身体は、布の脈動に呼応するように熱を帯びていた。

 眼下の山道に、かすかな動きが見えた。雨雲の切れ間から、赤みを帯びた月がわずかに顔を覗かせていた。


 2つの影が、山道を走っている。その後ろから、甲冑の集団が足音を響かせて迫っている。


 レヴィアの金色の瞳が、闇の中で燃えた。


(あれが——ヒカル?)


 10年ぶりに見る姿。泥にまみれ、外套を羽織り、小柄な少女に手を引かれて走る18歳の少年。かつて8歳の少年が、傷ついた竜の少女に水と薬草を差し出した——あの子供が、今、大人の手で殺されようとしている。


 レヴィアの全身に、炎が走った。


(まだだ。まだ動くな。あのメイドが彼を断崖まで連れてくる。そこで——)


 布が脈打つ。とくん。とくん。弱くなっていく。ヒカルの体力が限界に近い。


(お願い。もう少しだけ走って、ヒカル。あと少しで——私が、届くから)



 雨は止まなかった。


 赤い月が、雲の切れ間から2人の逃亡者を照らしていた。


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