表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/27

第十八話:研がれる爪、五つの牙

 6年目の冬が来た。


 古王が捜索を縮小して2年。シエルの情報迷彩は完璧に機能し、六龍姫は「伝説」として風化しつつあった。古王の治世は安定期に入り、帝国からの搾取と精神汚染による支配体制は、もはや日常と化していた。


 だが「伝説」は、地の底で爪を研いでいた。


 東方領、地下聖域。


 エレクトが命と引き換えに封じた結界の内側で、ガイアは汗を拭った。目の前には20人ほどの若い竜人たちが、土属性の基礎鍛錬を終えて荒い息をついている。


「今日はここまでだ。明日は実戦形式でやる。遅刻した奴は俺が直接叩き起こすからそのつもりでいろ」


 1番前列にいた茶色のセミロングの少女——テラナが、編み込みに飾った緑の小花を揺らしながら手を挙げた。


「ガイア教官。実戦形式というのは、対人ですか、対獣ですか?」

「対人だ。お前たちが戦う相手は獣じゃない。古王の兵だ」


 テラナが頷いた。しっかりとした体格の彼女は、結界に逃げ込んできた土属性の名家の娘だった。杖術の筋がいい。ガイアはこの6年で、こういう若い芽を1つずつ拾い集めてきた。


 結界の奥から、テラ(18歳)が食事の盆を運んできた。


「ガイア、みんなにお昼。テラナも食べて」

「ありがとうございます、テラ様!」


 テラは盆を置きながら、訓練場を見渡した。膝を抱えていた日々は終わっていた。長い閉じこもりから、1年。ガイアの不器用な優しさと、結界に集まってきた若い兵士たちの姿が、テラを少しずつ変えた。姉の死を受け入れたわけではない。あの音はまだ聞こえる。だがテラは立ち上がることを選んだ。姉が時間を稼いでくれたのだから、その時間を無駄にはしない、と。


「ガイア。姉様の壁、まだ立ってる?」

「ああ。古王の工兵が何度削っても、核が再生する。エレクトの魔力はまだ生きている」


 6年前は2人だけだった聖域に、今は480を超える竜人がいた。全員が、エレクトの石像を越えてきた者たちだ。あの壁を見て、なお戦う意志を持った者だけが、ここにいる。


 ◇◆◇◆◇


 南方、火山地帯の洞窟群。


「レヴィア様。今月の合流者、7名です」


 フレア(25歳)が洞窟の入口から報告した。左腕は肘から先がない。6年前の脱出戦で失った。だが残った右腕1本で振るう炎の剣は、かつてと変わらぬ鋭さを持っている。


「内訳は?」

「南方の元哨戒兵が2名。東方からの脱走兵が3名。あとは——炎属性の商家の娘が2人。1人は剣が使えます。赤い髪をサイドテールにした子で、フェンリアと名乗っています。短剣の腕は悪くない」


 20歳のレヴィアは岩壁にもたれて報告を聞いていた。6年前に洞窟に潜った時の15歳の少女は、もうどこにもいない。鍛え上げられた身体。燃えるような紅蓮の巻き髪。金色の瞳には、静かな炎が宿っている。


「何人になった?」

「戦闘可能が203。非戦闘の補給・鍛冶・医療が105。合計308」


 6年かけて、308。古王の正規軍数万には遠く及ばない。だがゼロから始めて、ここまで来た。


「フレア。冬至まであと3日ね」


「はい。——念話の日です」







 冬至の夜。


 レヴィアは洞窟の最深部で目を閉じた。6回目の交信。毎年、繋がる。毎年、全員が生きている。それだけで十分だと思っていた。だが今年は違う。今年で、終わりにする。


 最初に繋がったのはアクアだった。


『——レヴィア。生きているわね?』

『アクア姉様。そっちは?』

『シエルの情報網は過去最大規模よ。協力者リスト487名。ただうち戦闘可能が161だけ。……それと、ヴァルキリア姉様の軍が先月、西方の集落を3つ焼いた。生存者はシエルが回収したけど、60人以上が精神汚染された』


 レヴィアの拳が握りしめられた。


 ヴァルキリア。かつての長姉。闇の将軍。——裏切り者。


 なぜ古王についたのか。エレクト姉様を、ゼニス兄様を、ミラ姉様を殺した側に、なぜ。レヴィアには分からない。分かりたくもなかった。


『……いつか、あの人にも決着をつける』

『ええ。でも今じゃない。——で、今年は何を隠しているの?』


 アクアの声には、前年にない鋭さがあった。レヴィアは一瞬だけ迷い、答えた。


『——動く。来年、動く。6年待った。もう十分よ』


 沈黙。それから、アクアの息が1つ。


『……了解。こちらも準備を上げる』


 続いてテラ。


『レヴィア姉様、アクア姉様。東方、480名。ガイアが鍛えてくれてる。結界はまだ持ってる。——私も、もう大丈夫。立てるようになった』

『テラ。エレクト姉様の壁は?』

『……まだ、立ってる。姉様はまだ、守ってくれてる』


 短い沈黙。誰もがエレクトの最期を思い出していた。


 風のノイズが混じり、ゼファーの声が届いた。


『こちら境界域。セフィラは元気だ、安心しろ。——戦力は傭兵経由で190。正規兵じゃないが、実戦経験は豊富だ。各地の反古王勢力との連絡線も確保してある。使える人間は把握済みだ』


 背後でセフィラ(16歳)の声がかすかに聞こえた。


『レヴィア姉様。——来年、動くのね。了解。私も笑う練習しとく』


 レヴィアの胸が締めつけられた。笑う練習。6年間笑わなかった末妹が、そう言った。


 最後に、ルーナ。


『——みんな、聞こえてる。私とアウラは光の地下教会にいる。信徒247名。回復術と結界術の訓練は6年目に入った。戦闘員じゃないけど、後方支援なら任せて。それと——金色の髪の子がいるの。ソルニアっていう光属性の子。箒で殴るのが得意で、ちょっと変わってるけど、気品があって優秀。アウラが目をかけてる』


 19歳になったルーナの声は、前年より安定していた。壊れるのが1番早かったから慣れた——そう言った少女は、壊れたまま、それでも確かに強くなっていた。


 レヴィアは心の中で数えた。


 東方480。南方308。氷の里487。境界域190。光の教会247。——合計1,712。


 あと1年あれば、2,000に届く。本音を言えば、できるだけ多くの兵士が欲しいのが正直なところだが、ギリギリ反旗を掲げられる人数。姫たちが動けばきっと中立派の多くの竜たちも動くはずだ。


『全員、聞いて。来年の冬至までに、最終準備を整えて。——取り返す。全部』


 5つの声が、同時に返した。


『了解』


 念話が途切れた。魔力の残滓が空気に溶け、レヴィアの右腕の布が一際強く脈打った。


 フレアが洞窟の入口に立っていた。声は聞こえていないが、レヴィアの表情を見れば分かる。


「どうでした?」

「——全員、生きてる。全員、牙を研いでる。来年、動く」


 フレアが片膝をついた。


「お供します。どこまでも」


 レヴィアは立ち上がり、洞窟の外を見た。火山の稜線の向こうに、アグニカの方角がある。母が命を燃やした場所。姉が壁になった場所。兄が風に還った場所。


「あと少し。あと少しだけ、待ってて。——必ず、全部取り返す」



 ◇◆◇◆◇


 同じ冬至の夜。


 王都アグニカ、古王の居城。


 ヴァルキリア(25歳)は玉座の間の隅に立っていた。漆黒の超ロングの髪が床を掃くほど長く垂れ、血のような赤い瞳には何の感情も浮かんでいない。古王の命令を待つ、完璧な人形。紫黒のベルベットドレス風戦闘服が、蝋燭の光に鈍く光っている。


 だがその足元で、小さな影が動いた。シェイド(16歳)。


 闇属性の少女は、黒のフルボディスーツに身を包み、金色の瞳で玉座の間を観察していた。青みがかった黒髪のボブが、暗がりに溶ける。表向きはヴァルキリアの従者。古王にとっては、ヴァルキリアを繋ぎ止めるための鎖。


 だがシェイドの金色の瞳は、6年間、1度も曇らなかった。


(——お母さん。私、ちゃんと見てるよ)


 ミラが最期に言った言葉を、シェイドは1字も忘れていない。『この子を頼む……ヴァルキリア』。母は叔母に自分を託した。洗脳された叔母に。


 シェイドはそれを、別の意味で受け取っていた。


 ——叔母様を、頼む。


 この6年間、シェイドは古王の城の中で、誰よりも静かに、誰よりも深く、情報を集め続けていた。警備の交代時刻。精神汚染の術式の弱点。古王の側近たちの派閥。ギルティアが管理する財務記録の矛盾。6征竜の行動パターン。


 すべてを記憶し、すべてを待っている。


 いつか、外から手が伸びてくる日を。


 その手を掴んだとき、内側から城を崩す。それがシェイドの、6年越しの作戦だった。


 冬至の夜風が、城の窓を揺らした。遠くで、微かな魔力の波動が空気を震わせた。念話の残滓。姫たちが交信した痕跡が、かすかに届いている。


 ヴァルキリアの赤い瞳が、ほんの一瞬だけ揺らいだ——ように見えた。


 シェイドは気づいた。だが表情を変えなかった。


(——叔母様。まだ、あなたの中に何かが残ってる。ゼニス叔父様の風でも、ミラお母さんの盾でもない。あなた自身の何かが)


 シェイドは闇に溶けるように一歩下がり、玉座の間を後にした。


 城の廊下を歩きながら、指先で壁に触れる。闇属性の魔力で、城の構造を読み取る。6年かけて、この城のすべてを把握した。隠し通路の位置。結界の死角。精神汚染の術式が最も薄くなる時刻。


 あとは——外から来る手を、待つだけ。


(来年。あの子たちが動くなら、きっと来年だ。特にレヴィア様は、待てない子だから)


 シェイドは暗い廊下で、母に似た微かな笑みを浮かべた。


 闇の中で、最も小さな光が、最も深い場所で灯り続けていた。


ぜひご感想をお寄せください。

また評価とブックマークもしていただけると嬉しいです!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の姫たちと世界を変える戦いへ!
《音楽xSFxファンタジー戦記》【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~最強の力は絆の中に。人類に裏切られた天才軍師の俺は、六竜姫の激情を調律し和音を奏でて覇道を往く~(代表作)
《重厚ファンタジー戦記》【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン 外伝:断罪の前奏曲 ~処刑寸前の軍師を竜姫が略奪!十二年待った『我の夫となれ』の言葉。亡国の逆境を焼き尽くし覇道を往く~
《王宮裏方奮闘記》【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン:奉仕の練習曲(プレリュード)~商家の娘は皿洗いの先に王の盾を見る。伝説のメイド長に叩き込まれる覚悟と作法で王宮の誇りを守る~外伝②
(あらすじ)
元・天才軍師候補のヒカルは、仇敵カインの謀略と人類の憎悪により「裏切り者」の濡れ衣を着せられ、処刑寸前にまで追い込まれる。人間社会に絶望した彼の前に炎の竜姫レヴィアが降臨し、救われた彼は、六人の竜姫(六龍姫)の感情をリアルタイムで把握する「絆の共感者」の異能に目覚めさせられる。
ヒカルの義務は、レヴィアの激情的な愛や、アクアの理性的な愛といった、制御不能な竜姫たちの愛の感情を音楽の和音(ユニゾン)として調律し、軍団の戦闘力へと変えること 。彼は裏切りのトラウマを抱えながら、まず古王軍(闇の竜族)との絶望的な劣勢を覆す内戦に勝利し、六龍盟約軍を完成させ、竜の世界の新たな王になることを誓うのだった。

こちらも超オススメ!!

《SFファンタジー冒険譚》物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中―



その他の作品もぜひ!

《冒険者ギルドのお仕事ファンタジー》鉄の受付嬢リリアンのプロの流儀 ~冒険は、窓口から始まります~
《純SFハイファンタジー》星を穿つ槍と、黄金のオムライス――放浪の戦術師とポンコツ戦闘メイド――
メゾン・ド・バレット~戦う乙女と秘密の護衛生活~
軌道エレベーターの管理人たち〜地上コンシェルジュは、宇宙(そら)の英雄に恋をする
スローライフを目指したい鈍感勇者のラブコメは、天《災》賢者の意のままに!!〜システィナ様の暴走ラブコメ劇場〜
桃太郎伝 ~追放された元神は、きびだんごの絆で鬼を討子、愛しき仲間たちと世界を救う~
異世界グルメ革命! ~魔力ゼロの聖女が、通販チートでB級グルメを振る舞ったら、王宮も民もメロメロになりました~(週間ランクイン)
時間貸し『ダンジョン』経営奮闘記
【ライトミステリー?】没落お嬢様の路地裏探偵事務所~「お嬢様、危険です!」過保護なメイドと学者と妖精に囲まれて、共感力と絆で紡ぐ、ほのぼの事件簿
ニャンてこった!異世界転生した元猫の私が世界を救う最強魔法使いに?
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ