夏祭り
セーフ!
数日後、一組のカップルが、夕方の小道を歩いていた。
「ラギナさんから誘ってくれて嬉しいです! 感激です!」
「それは良かった」
「今日は何するんですか? またデュエルですか?」
「や、違う。今日は……夏祭りだ」
ヒュルルル、パン!
大きな火の花が、大空に咲き誇った。
この世界では、夏に祭りをするという文化は無かったが、俺が作った。
具体的には、俺がシュヴァリィに企画書を提出して、彼女が派閥の貴族を巻き込み、母である女王の許可を得て、王都で一つの祭りを開催した。
支持率が上がるかもしれないということで、彼女もノリノリだった。
名目上は宗教の記念日を祝うらしいが、そんなことはどうでもいい。
楽しめれば。
広場いっぱいに敷き詰められた屋台を前に、長袖の浴衣を着たハートは興奮していた。
「おー! 小さなお店がいっぱいです! どこから行きましょうか!?」
「まずは綿飴だろ」
「そうなんですか!?」
企画書の段階では綿飴とリンゴ飴の屋台を十個ずつ置いてたのに、いつの間にか二つずつまで削られていた。
誠に遺憾だが、入り口に配置してくれたのでよしとする。
「綿飴二つ」
「はーい」
店員のお姉さんに頼み、二人分の綿飴をもらった。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます!」
ピンク色のフワフワ綿飴。
食べてみると……甘くて美味しいけれど、少しフワフワ感が足りない。
まあ、かなり唐突に決まった祭りだし、店員さんも慣れていないのだろう。
帰りにもう一度寄ろう。きっと美味しくなってる。
「美味しいです!」
「ならよかった。次は――」
「私、アレが欲しいです!」
綿飴を食べながらハートが指さしたのは、お面屋さんだった。
ドラゴンやオーガなど、様々な種類のお面が置かれており、そこには魔法少女シリーズのものも並んでいた。
「全部買いま――いえ、推しのフェアリーシオンだけにしておきます」
「そうか……」
キラキラした目を伏せ、フェアリーシオンのお面だけを手に取った。
今言い直したのは、もうすぐ自分が消えてしまうからだろう。
どうせもうすぐ死んでしまうから、最も欲しかった、一つだけに絞った。
俺は今日、その決意を曲げさせる。
「どうですか?」
お面を被ったハートが、浮いた声で聞いた。
「似合ってる。フェアリーシオンそのものだよ」
「えへへ。では、次は――」
「待て待て、何も見えないだろ。ずらしとけ」
お面を頭の側面まで移動させ、視界を確保した。
当の本人は不服そうだったが、危険なので仕方ない。
「うー」
「ほ、ほら、あっちに金魚掬いがあるぞ」
ビニールのプールのようなものの中を、無数の小さな魚が泳いでいた。
お金を払って紙が張られた輪状の針金を貰い、ハートに渡す。
日本の金魚より大分大きく、少しグロテスクな感じがするが、ハートは気にならないらしい。
「これが破れなければいいんですね?」
「そうだ。慎重に――」
「とう!」
勢いよく水に飛び込んだ紙は、金魚を捕捉する前に破れてしまった。
「……紙が弱いです!」
「お前のやり方が悪い。お姉さん、もう一回」
「あいよ」
店員のお姉さんに再度料金を払い、新品の針金をハートに渡した。
「ゆっくり、ゆっくりだぞ」
「分かりました」
今度はゆっくりと着水。
そのまま、水面の近くにいる金魚の下に紙を置き――
「とー!」
「早まるな!」
勢いよく振り上げ、無事に紙は破れた。
「これ、難しいです」
「ハートがせっかちなだけだ。犬の方がまだ待てるぞ」
「じゃあ、手本を見せて下さい」
「いいぜ」
もう一つ針金を貰い、浴衣の袖を捲った。
適当な水面近くにいるやつに狙いを定め、尾びれを枠の針金に引っ掛けながら、軽く持ち上げる。
「おぉ!」
「騒ぐな、ここからだ」
息を整え、感覚を研ぎ澄まし――ヒュッと空中に放り投げ容器に入れた。
「凄い!」
「だろ?」
慣れたものだ。
昔は、妹にせがまれて――
「イッ」
「……どうしました?」
「何でもない。それより、これいるか?」
金魚が入った袋を差し出したが、ハートは首を横に振り――
「自分で捕まえてこそ価値があるんです! もう一回!」
結局、ハートが金魚を取れたのは三十回目だった。
「取れました!」
「「おめでとう」」
ビニール袋の中を、赤い金魚が泳ぐ。
すっかり寂しくなった財布を片手に、賛辞を送った。
ずっと粘っていたせいで、店員さんからも大きめの拍手を貰ってた。
「やりました……この子をハートと名付けます!」
「何で自分と同じにするんだよ……」
「それは――」
グー
ハートが何か話そうとした時、彼女のお腹が鳴った。
「……集中していたら、お腹が空きました」
「何か食べるか。リンゴ飴とか」
「アレが食べたいです」
彼女が指さしたのは、かき氷屋だった。
俺としてはリンゴ飴の方が良かったが、近くになさそうなので、折れることにする。
「味は何がいい」
「……ラギナさんは、何にするんです?」
「まあイチゴかな」
「じゃあ私はブルーハワイがいいです!」
質問の意図がわからなかったが、この後すぐに明らかになる。
「んん、美味しいな」
「そうですね……私、イチゴ味も食べてみたいです!」
「……なるほど?」
俺がかき氷を差し出す前に、目を閉じて少し恥ずかしそうに、小さな口を開けていた。
その勇気に免じて、俺のスプーンでかき氷を口に運んでやる。
「美味しいです!」
「そりゃ良かっ――」
開いている口に、かき氷が放り込まれた。
味は、ブルーハワイ。
「お返しです!」
「……ありがとう」
ありがたく味わい、飲み込んだ。
この時の彼女の笑顔は、とても美しくて……儚くて。
俺は、生涯忘れないと思う。
遅れてすみませんでした。




