第7話 『宝宮の賜物』
「――まず、ゲミニ州についての説明から始めますね」
あれから僕らは港を離れ、海沿いにある砂浜に来ていた。
真っ白な砂浜がさざ波の揺れで、少しずつエクセア海に飲まれていくのを眺めながら、ストラが神妙な面持ちで語り始める。
「ゲミニは目の前にあるエクセア海を中心に発展した独立地区で遠い昔、アナーキアが宝宮によって誕生した『創設時代』関連の話で絶対に名前が出てくるところなんです」
「――“まずは混沌から始まり、地が作られ、そこから天と海と山が生まれた。”それが文献の始まりの一節で、これでいう海が『エクセア海』ってわけだ」
ストラが語り、ネレが補足する協力体制で丁寧な説明が行われる。とても興味深い。
やはり、自分で調べた内容よりも現地の人に直接聞く方が、裏話が絡まって面白い。
「エクセア海はアナーキアの根底にある『どんな存在も受け入れる』というルールをどこよりも体現した場所で、まだ何もなかった創設時代を生きた者達にとって、食料となる海の幸や外から流れてくる物資の存在はなくてはならないもので、まさに生命線だったそうです」
「あーだから、僕もエクセア海からアナーキアに流れ着いたわけか」
ストラの話で知れた新たな事実。今まで、単純に前の世界の海を漂流したからだとばかり思っていたが、今の話を聞く限り、飛行機が墜落したとか新幹線が脱線したとかでも、エクセア海を漂流してこのアナーキアへやってくるのではないかという可能性が生まれたわけだ。
『創設時代』の話なんて後回しにしていたからさっぱりだけど、面白そうだ。ひと段落ついてから調べてもいいし、あえて調べずに楽しみとして置くのもありだと感じた。
「そんなこんなでエクセアを基盤に出来上がったのがポントス。そこから発展して出来上がったのがこの『ゲミニ州』ってワケなんだ!」
みんなの目に映る位置にいるネレが腕を大きく広げながら、陽気に語る。
「じゃあポントスの歴史的な価値って物凄いんじゃない? なんであんなに疎まれてたの?」
それはごく自然に感じた疑問。話を総評すれば、ポントス港とはここゲミニ州のシンボルとも呼べるものだろう。それを不要だとばっさり切り捨てられるなんてことがあり得るのだろうか。
「まあ、それは………オレらが悪いっつうか………」
だが、その疑問を聞いたネレは表情をシュンとさせ、ばつが悪いと頬をかいた。
「――跳ねっ返りがきたんです。今まで何もしてこなかったゲミニの――私達の自業自得です」
ストラが神妙な面持ちでそうつぶやいた。それを見た僕は、視線をちらりと落とす。
ストラは誰にも気づかれないよう、着物の裾の奥で拳を強く握りしめていた。
「……師匠は十三宝宮について、ある程度の知識はあるんですよね?」
「各州にそれぞれひとつずつある国宝で、ゲミニのはマガトに壊されたって聞いてるよ?」
それは今日に至るまで、幾度も色々なところで聞いた話だ。
「そうです。壊されたゲミニの宝宮は『双児像』といって、二つの像で一つの宝宮として役割を果たしていたんです。宝宮には都市の創造や維持の役割と他にそれぞれ固有の力――【賜物】があります。双児像の賜物は『ゲミニ州市民を全員不死にする』というものです」
「えっ、すごい⁉ そんなのチートじゃん‼」
今この瞬間、僕の中にあった宝宮への価値がグッと高まった。
クラミが神に等しい存在と表現していたが、確かにその理由も頷ける。
「でもそれ、ちょっと怖くない……?」
「不死つっても、寿命が尽きるまでってだけで、怖いモンではなかったんだぜ? 創設時代のときは、宝宮さまも『不老不死』としてカリスを与えてくれていたらしいけどさ」
「えっ、なにその親切設定。なんていうか都合のいい恋人みたいだね……?」
現在は『不死』だったのに、過去は『不老不死』か。色々と考察しがいがありそうな話だ。
例えば――宝宮自身に力の調整を思考する意思がある、とかね。
「要するに、ゲミニ市民は自分達が不死だということで怖いもの知らずだったんです。本来、海とは危険で何が起こるか分からない恐ろしい場所です。だけど、宝宮の賜物が海に対する恐怖をかき消し、生活を安定させました。――だからみんな、現状維持で済ませてしまった」
「あぁ………」
なるほど。本来あるべきはずのリスクがないとそんなことになるのか。興味深い。
「他の州の市民は不死じゃないし、エクセア海みたいな資源が無限に湧き出てくる場所はありません。似たような場所があるにしても、常に死の危険と隣り合わせのなかで必要不可欠になることなんてない。だから、様々な知恵を振り絞って繁栄してきた。――ゲミニにはそれがないんです。創設時代からずっと――特別なことをなにひとつやらなかった」
「……要は、今まで不死を前提にしてきたからこそ、本来頼りすぎちゃいけないものを基盤に生活してきた。でもそうじゃなくなったいま、これまで蔑ろにしていた問題が次々と浮き彫りになってしまったんだね」
父母、祖父母、曾祖母の代から、普遍的で恒久的に生活の保証がされていたら、今の若い世代も堕落してしまうのはおかしなことじゃない。不死なんて僕のいた世界なら絶対起こりえない事象だけど、こうして起こってしまっている以上、受け入れなければならないってことか。
やっぱり生物の犯す過ちなんて、どこの世界も変わらないんだな。
「そしてユウねえは『双児像』がなくなる前から、そんなゲミニの危うさを危惧してた。だけど、ゲミニの連中は誰も耳を傾けやしなかった。――杞憂が現実に変わるまでは」
「……だから“宝宮に寄生するしか能のないお気楽で無責任で残酷な人達”なんだね」
恐らく港の人達が、一番彼女のことを鼻で笑って、あしらったんだろうな。
「マガトが宝宮を破壊して、『州議長』だった私達の父が病死したところで、全てが破綻したんです。姉さん風に言うなら、寄生先を失ったってとこですかね…………」
ストラから覇気のない乾いた笑みがこぼれる。
「えーとごめん……そういえば州議長っていうのは……?」
「『州議長』っていうのは、基本的に十二州に各一名設置されるリーダーのことです。立法のトップっていえばわかりやすいですかね。アナーキアでは州は『州議長』によって統治されます。そこに補佐として二名の『上院議員』、各州の人口によって『下院議員』を設置します」
「まあ、こまかいことは州によってバラバラだけどな」
「へえー行政のセントラル、立法の州議長ってわけだ」
じゃあ司法を担当する組織もあるのか。もし、そうなら三権分立だね。
「話を戻しますが、姉さんはマガトのことをこう言っていました。――マガトはただの悪人じゃない。私達の目を覚まさせくれた救世主だ、って」
「あー、……いや、救世主ってマジすか……」
――ああ、そりゃそうか。そう見えるよな。妥当だよな……納得しとこう。
「姉さんは今の状況を好機だと考え、ゲミニに新しい風を幾度となく吹き起こしました。他の州と積極的に交流してそこの政策を取り入れたり、昔よりも強く観光業に強く力を入れたりとか……師匠がいま身に着けているおみやげは、大体姉さんが考案したものです」
「ちょっと前まではユウねえのやったことだけで、宝宮さまが健在だった頃のポントスに差し迫る収益がゲミニにあったからな」
「バチクソ有能じゃん」
――さすが『維新の風浪』と評されるだけのことはある。
やっぱり当事者に聞いた方が、事前に調べあげた情報よりも凄みが伝わってくるなー。
「でもストラねえだって負けてなかったんだぜ! オレらポントスの連中をまとめあげて、ユウねえと五分五分に追いつこうってくらいついてた! だけどよ……」
「――そこでトドメとなったのが、外の世界からやってきた誰も手がつけられないエマヌエルってことか。とんでもない負の連鎖だね」
「……そうですね。エマヌエルのせいで漁業も成り立っていませんし、恐ろしくて誰も観光に来てくれません。だから姉さんはポントスを切り捨てることにしたんだと思います。姉さんはあくまで観光もひとつの手として考えただけで、他にも手広くやってるみたいですから……」
何気にストラもすごいんだなと感心しつつ、僕は色々なことを内心思考する。
「――私はユウ姉さんの言ってること、正しいと思っています」
ストラが目を迷わせつつも、何か明確な意志の籠った真剣な表情を作り始めた。
「ゲミニが変わらなきゃいけないのは事実だし、今まで安易な考えで宝宮に頼りきっていたのも事実です。――でも、姉さんのように“間違い”を不要なものだとばっさり切り捨てたくないんです。切り捨てるのではなく、“正しくて素晴らしい”ものへと変化させたいんです」
言葉を発する彼女からは、北河二ユウを見て感じたものと同等同質のなにかを感じ取れた。
野望とは違う、無謀で理性的とはいえない子供染みた願望。
「――だから私が、私達みんなで、新しいゲミニを作りたいんです!」
都合のいいお気楽な理想論だと一計されるだろう。
人間は大人になればなるほど、現実を見れない幼稚な理想論を馬鹿にしやすくなる。
子供のころに夢見た理想は、現実的で建設的な面白味のないものへと変貌する。
夢を追うことの残酷さと厳しさを知ってしまった者ほど、そんな傾向に陥りやすいものだ。
「――私は姉さんを超えてみせる。だからまずは手始めにエマヌエルを倒して――ゲミニに新しい風を吹かせてみせます!」
その最後の言葉を紡いだとき、少女ストラはそんな大人の表情を見せた。
まるで心の中に潜む本心を押し殺すかのように。
「…………………………………………」
最後の最後で、少女の瞳が揺れた。それは誰にも気づかれないような僅かなひずみ。
何をすればよいのか理解できているのに、未だその決意は固まりきっていないことの証明。
だが、それでも――、
「――おもしろい」
そう思わずにはいられなかった。
迷いがあろうが、素晴らしい夢を語ってくれたことには変わらない。
未熟な果実が自ら育つよう、不純物にならない程度に手助けはしてあげたいからね。
「いいよ、ストラ。凄くいい。いまようやくきみのことを弟子と呼ぶ決意ができたよ。――やろうじゃないか。エマヌエル退治」
「えっ……まだ認めて貰えてなかったんだ」
ストラがシュンと顔をしぼませた。そこで、今まで口を閉ざしていたルケから声がかかる。
「それでどうするのアウトサイダー? なにか策でも思いついた?」
「なにすんのか知らんけど、熱こもった熱いええ夢を応援すんのは大歓迎や。ウチも協力させてや!」
同じくして、ユウの姿を見たときから、あえてずっと険しい顔でだんまりを決めこんでいたアスリからも問いが投げられる。
その答えはとっくの昔に決まっている。戦を始めるのにまずしなければならないこと。
「――まずは情報収集だ。お嬢さんたち、水着を着る準備はできたかな?」
『――――え?』
そんな僕の一言と共に、僕以外の全員の瞳が点へと変容した。




