第5話 『ゲミニ州上院議員 時栖ストラ』
「――――――――?」
規格外の光が世界を覆い、体感で三分ほどが経過した。
むき出しのまぶたから感じていた光の熱がなくなったのを理解した僕は、即座に眼球を外に露出させ、前方に目を向けた。
「うおおおおお⁉ バリアだぁぁぁぁぁぁ⁉ かっけぇぇぇぇぇぇぇえ!」
そこには海と港の境界線を切り分けるような淡い光のバリアが、巨大クリオネ……エマヌエルの放ったビームの太さに半径5センチ程度追加した最低限の規模で展開されていた。
多分、外からくる強い衝撃にのみ反応して、そこだけバリア貼ってるんだ! ロマン!
「いや、アホか! そんなリアクションするとこちゃうやろ⁉ なんやあのバケモンは⁉」
アスリの反応はごもっともで、バリアだけに気を取られている場合じゃない。
すぐに目線をエマヌエルにずらすと、その透明な巨体は身体を一八〇度回転させ、海面を平行移動するようにして海の向こうへと消えていった。
「え、めっちゃシュールにおさらばするじゃん」
「あれはエマヌエルって言って、最近外の世界からやってきた今のエクセア海の『ヌシ』です」
「いつもああやって、一週間周期できっちり極太ビーム撃ってくるヤバイやつだ。ここ最近はアイツのせいで、魚もいなくなってポントスじゃ、漁業が成り立ってねぇんだ。だから、お客がまったくこない。……みんなもすっかりやる気をそがれちまってるんだ」
時栖姉妹の話を聞いて、僕はようやく今まで感じた疑問に解答を得ることができた。
なるほど、アナーキア一の漁獲量を誇る港にしては全然忙しそうじゃないし、州全体がどんよりした空気だったのはあいつのせいだったのか。
――まあ、し■てた■■さ。
「――おい、お前たち大丈夫か!」
港の方から漁師の恰好をした人達がこちらにやってくる。みんな額に物凄い量の冷や汗をかいていた。
ちなみに僕から見て右にアスリ、左にルケがいる。
「うん、私達は大丈夫、どうしたの? そんなに慌てて?」
ぜえぜえと荒い息をこぼす漁師達を見て、ストラが不思議そうな顔をする。
「はあ、はあ……ストラ、大変だ! お嬢が……ユウお嬢が港に来て、ストラを出せってッ!」
「え………⁉」
「ユウねえがここに来てるのか⁉」
漁師の発言に時栖姉妹が驚愕の反応を示した。なにやら雲行きが怪しくなってきたね。
「今、おやっさんが対応してるからとにかく来てくれ! 急がないとマズイ!」
★★ ★ ★
「――お嬢、それで今日はなにしに来た? なにが目的なんだ?」
港の方にやってきた僕達が目にしたのは、二週間前、僕に掴みかかってきたスライムさんとスーツを着た如何にもやり手って感じのお姉さんが睨みあっている修羅場だった。
周囲を取り囲む港の人達の悲痛な表情が更にそれを助長させている。
「―――ひどい言い草ね。わかっているくせに。まあ、貴方と今更言葉を交わす気なんて一切ないから、早くストラを呼んできなさい。あの子くらいしかまともに話が通じないんだから」
「…………」
ライトネイビーのスーツを着たベージュの腰の下まである長髪が印象的な女性だ。燃え滾るような熱を帯びた瞳からこぼれるのは、明らかな敵意と憎しみ。目の前にいるスライムさんのことを心底、嫌気が差しているといった様子だ。
「おやっさん、いま来た。後は私が引き継ぐからさがっていて」
「………ストラ。でも、オマエ――――」
「あら、いたのねストラ、それにネレも。てっきりこの腑抜けた港の臆病風に吹かされて、逃げ腰になっていると思っていたのだけれど、よく来たわね」
二人の姿を目視して、スーツの女性が粛々と顔を合わせる。
「……それで要件はなんのようですか、ユウ姉さん。今までろくに顔も合わせてくれなかったのに、わざわざここに来たということは、なにか理由があるんですよね?」
「ね、ねえさん。すごく他人行儀だね。姉妹なんだし、昔みたいに仲良くしようよ……」
時栖姉妹はユウと呼ばれる女性に対し、緊張を隠さぬ面持ちで対応した。
特にネレは姉の背に隠れ、今までの彼女からは想像がつかない弱弱しいか細い声を出した。
「そうね。ちゃんと理由はあるわ。でもその前に訂正なさい。――私は貴方達の姉じゃないわ」
「「………………………………………」」
その場に重苦しい沈黙が落ちる。全てを凍らせる冷気のような沈黙だ。
「血が繋がっているのはストラだけで、ネレは拾われただけの身無し子。私はあのお題目おじさんの弟子だっただけ。もう立場も状況も何もかもが違う。――昔とは何もかもが違うのよ」
その意味を確実に分からせると言わんばかりに二度、彼女は繰り返し言い切った。事実無根なら、言い返してもおかしくないはずのユウの言葉に時栖姉妹は、悲しげな表情を浮かべた。
――それだけは言って欲しくなかったと。
「それで本題なのだけど、私が使いに出していた者達を暴力で追い返したらしいわね」
「……使いって、ギュウギュウ会の連中のこと?」
思い当たる節があったのか、すぐさまストラが聞き返す。
「彼女達は傭兵よ。ビジネスパートナーと言ってもいいわ。お互い切羽詰まった状況だから、協力することにしたの。それぞれの得意分野でね」
「そ、そんなの屁理屈じゃ――――」
誰が聞いても暴論でしかない女の解答に今度はネレが反論せんと向かっていく。
「そうね、屁理屈よ。でもこれは、貴方達の父親から教わったこと。無駄な時間だったとは言え、それを上手く利用してこそ指導者は務まるもの。まあ、否定しないわ。あの人からは――これしか教わらなかったもの」
「……………」
まさに刃物と呼ぶに相応しい見事な皮肉が時栖姉妹の心を切り裂いていった。
「事実を言われれば、だんまりかしら? まあいいわ。それで前にも私宛で令状を送ったはずだけど、理解できていないみたいだから直接言いにきたの。――今すぐこの港を明け渡し、ここから立ち退きなさい。これ以上、上院議員の権力を利用して、ゲミニの土地を私物化しないでちょうだい」
「……⁉ 私物化なんて、そんなつもりは―――‼」
「気安く語るのはやめなさい。――各州において、州の存続にかかわる致命的な問題が発生した場合、これを超法規的措置をもって上院議員が中心となり、事態解決に当たる――他の州なら、『警備隊』や『保安院』といった法執行機関がある以上、滅多に使われることのないこの都市が無秩序だった『創設時代』の古い規則。貴方はそれを利用し、この土地を独占している」
一切の妥協を許さず、ただ事実を述べているだけだと主張するユウの姿を見た、周囲の漁師達のバツの悪い苦虫を嚙み潰しているような顔は、事情を知らぬ僕らにとって、どちらが正しくて間違っているのか判断させるには十分すぎるものだった。
「違う! この港はゲミニ州の市民にとって、大切な場所だよ! それを守りたくて、今のどうしようもない現状をどうにかしたいと本気で思っているだけ‼」
ユウの発するキツイ言葉にストラは声を荒げながら必死になって応戦した。
「……そうね。“貴方”がというのも少し違うわね。実際は貴方を利用している後ろの“連中”よ。宝宮に寄生するしか能のないお気楽で無責任で残酷な人達。宝宮なきいま、貴方の健気な心につけ込んで、ゲミニの未来を浪費する――先代『州議長』が残した負の霊魂」
ユウの言葉にその場が一層と静まり返った。だが、外野から見ればすぐにわかっただろう。
周囲を囲む港の人達の顔が一斉に歪み、渦中のふたりから目を背けたのを。
「……ユウ姉」
「まあ……いわゆる血筋のコネでしかない貴方の支持率を、勝手に落としてくれる分には大助かりと思うことにしているわ。でもね――それでも目障りなのよ。やっぱりこの港は」
ユウは冷静を保つように、息を整えながら言葉を続ける。その秘めた怒りを包むように。
「これからゲミニは新しく生まれ変わる。祭りをするのに、その会場の中央に棺桶が置かれていては、空気が台無しになってしまうでしょう? ――だから墓地に送ってあげるのよ」
港全体を見渡し、相手から理解を得るような口調で丁寧な皮肉を向ける。
「この場末の酒場以下の漁港では、どうやってもゲミニの魅力を伝えられない。汚点を見せて負の遺産歴史ツアーと銘打つのが目的なら、確かにここはうってつけよ?」
「……負の遺産なんかじゃないよ。この港を中心にゲミニは始まった。ゲミニに切り捨てられるものなんてない。確かに今のポントスは港として機能していない。だけど――!」
「――“私が必ずあの怪物を倒す?” どれだけ待てば、その妄言は達成されるのかしら?」
「――――っ!」
「――“私にそんなことは不可能です。”それが貴方の現実。さっきの光がその証拠。あの鬱陶しい無作法者――やはりあれは貴方の手に負える相手ではないのでしょう?」
うんざりだと忌々しげに表情を歪ませながら、ユウは彼女を切り捨てた。
だが――、
「――それは違う! “エマヌエルは私が必ず私が倒して見せる‼” そしてこのポントスを昔みたいな活気ある港に戻して見せる! だから――‼」
それに負けじと、ガマンならぬと、ストラは『理想』を語った。
だが――、
「――だから、その無謀な戯言を、人は“お題目”と呼ぶのよ‼」
そこでユウは隠していた激情を発露させ、『現実』を突きつけた。




