8.悪魔の計略
作戦開始からしばらくして。
「ねえ、アシェル。」
「どうした?」
「何で私たちはこんなところで野宿してるのかしら。」
リリィが『こんなところ』と言うのは、地理的にオクトルール領とテーヘン領の間に位置する広大な森林の中。その一画である。
アシェルたち三人はテントを構えてから、かれこれ三日間は待機していた。
「いや、事前に作戦は伝えて……いや、そういえばお前、クッキーに夢中で話半分だったな。」
「ぎくり。」
アシェルは思い出した。あまりに幸せそうに食べるものだから、指摘するのも憚られて放置していたことを。どうせやらせることもない、と思っていたがまさか本当に作戦を聞いていなかったとは。
気を利かせたルインがリリィにおさらいを始める。さすが仕事のできる部下である。
「リリィ様、私から改めて。本行動の目的はホグトン・テーヘン伯爵の行軍を阻止することです。」
「それは何となーくわかってる!」
「何となくって。」
思わずアシェルの本音が漏れる。本来、これが主目的の一つだろうに。
「この森で行軍を阻止するわけですが、理由は二つあります。一つは地理的な問題。この森はあまりに広大で、単独行動ならいざ知らず行軍しながら迂回するには莫大なコストが発生します。ホグトン氏の資金力、準備期間、森の危険度を考えるとほぼ間違いなくこの付近のルートを通過するはずです。」
「わかった!」
「本当か?」
無自覚にアシェルの口から溢れた本音に、リリィはキッと睨んでくる。「お前は黙っとれ」の目だ。いや、そもそもはじめに説明を聞いてなかったお前が悪いんだが?とアシェルは思ったが口にはしない。
「二つ目ですが政治的な理由です。」
「政治?」
「はい。今回の作戦、我々とリリィ様のご実家であるオクトルール家の繋がりを示すような妨害は逆効果です。」
「言っていることはわかるわ!」
「例えばオクトルール邸の近辺で我々が作戦を実行したと致しましょう。仮に行軍を阻止できたとして、さらにホグトン氏が敗走もしくは戦死した場合、どうなると思いますか?」
「敗走したら追い討ち、戦死したらさらし首?」
「世紀末か。」
「答えはノーです。ホグトン氏が戦死した場合、捕縛命令を出した王家の心象は悪化します。国を挙げてカルロス・オクトルールの捕縛が敢行されるでしょう。敗走を許した場合も同様です。本来なかったはずの我々との繋がりが、ホグトン氏の言いがかりによって確かなものになるのです。」
「じゃあ、出発前に邪魔しちゃうというのは?」
「出兵の準備を妨害されて真っ先に疑われるのは鉄血機構、ひいてはオクトルール家です。」
「完全に理解したわ!道中で襲われたとしても相手は特定できないものね、盗賊団とか!」
「はい、その通りです。」
ようやく当初の作戦理由にたどり着いたリリィはドヤ顔を披露する。が、今一度アシェルは思う。初めから聞いておけば再確認する必要すらなかったからな?と。
「あれ?でも、こんなに早くから待つことはなかったんじゃない?ここって虫も多いし、その……水浴びができる場所もないから臭いが気になって……。」
「さすがは箱入り娘。作戦中に水浴びができないことくらいは往々にしてあることだ。今のうちに慣れておけ。」
「えー、そんなぁ。」
「ルインからも何か言ってやってくれ。」
「かしこまりました。」
と口では言いながらも、アシェルが一歩近寄るとルインは同じ距離だけ一歩下がる。
やはり気の所為ではなかった。待機二日目から二人は常にアシェルから一定の距離を保つようになっていたのだ。
数日くらい水浴びしなくとも……と思うが、自分では気づかないだけでかなり臭ってしまっているのだろうか。確かに女性は男性に比べて鼻が利くという。
少しだけ……いや、かなりショックである。
「わかった。今後の作戦立案時は考慮するとしよう。だが、今回だけは我慢してくれ。ルインもいいな?」
「いえ、私はそんなつもりでは」
ルインが慌ててものを言い切る前に、風の音に紛れた微かな蹄の音を感知した。掌をルインに向けて言葉を制止する。
「早くから待機している理由だがな、これでわかる。」
三人が身を屈め、待つこと数分。二人の騎兵が先行する姿が視認できた。
「先馬と伝令役を兼任するデニスとガイルだな。」
「わかった、あの二人をここで足止めをするのね!」
「なわけあるか。先馬と言ったろう。奴らが異常を察知すれば本隊の動きに影響が及ぶ。」
そのまま二人が通り過ぎる瞬間を待つ。一般武装とテーヘン家の紋章、伝書を入れているようなポーチまで目視することができた。
「間違いないな。『無貌』に合図を出そう。」
「どうするの?【伝心】の祝業を持っている人でもいるの?」
「そうか、そんな便利な天授もあるんだったか。残念ながら俺たちにそんな力はない。だが代わりに人間の叡智というものを見せてやろう。」
取り出したのは小型の黒い箱……と少なくともリリィの目には見えるだろう。だが、それは無線機だった。それも周囲数百メートル程度の通信距離ではない。
フェイカーとアシェルたちを結ぶ線の遥か上空に転送機能を持たせた気球船をいくつか配置していた。
これを経由することで国を横断するほどの長距離通信を可能にしたのだ。
『発明狂』はこの仕組みに使用する端末を携帯型通信機、略してケータイと名付けた。
神から与えられた力に迫る人智の集大成、その一端こそがこの技術だ。
「すごいすごい!これがあれば天授なんてなくても遠くにいる人とお話ができるのね!」
「そういうことだ……と言いたいところだが。こちら『多芸巧者』。声は聞こえるか?」
「こち……ザッ……『無貌…音は…ザザッ…みたい。」
プツッと音が途切れる。今回が初の試験的導入だったが、結果は惜しいという他ない。
「あら、音がしなくなっちゃった。」
「品質に改善の余地あり、だな。『発明狂』が狂喜乱舞する姿が目に浮かぶ。」
「ちゃんとお話できなかったけどどうするの?」
「大丈夫だ。代替手段はある。」
そう言って、アシェルはそのままケータイに『2621 8436』の文字を送信。返ってきた画面には『09 889 4510 0010 1101』が表示されていた。
それを隣で見ていたリリィは目を輝かせていた。
「暗号!なんて書いてあるの?」
「そんな大層なものじゃない。旧い遊び心だ。ちなみに『了解。さっさと片付ける』だそうだ。」
と、若干の脚色があってもリリィが気づくことはない。これにて作戦の第一フェーズは完遂。残り半日もしない間にホグトン率いる本隊がここに到着する。
「私おかしなことに気づいちゃった。本隊が来るの、早すぎない?まだ捕縛命令を受け取るかどうかのタイミングだったはずじゃ……。」
「そうだな。ホグトンが捕縛命令を受け取るのに五日、出兵準備に十日。俺は確かにそう言った。今はまだ四日目か。」
「よね。」
「だが、それはあくまで正式な手順に則った場合の目安に過ぎない。裏を返せば、今回の出兵はイレギュラーな早さということだ。捕縛命令が出されると確信していなければこうはいかないだろう。もし、命令が出ていないのに他領に出兵なんてすれば内乱罪で逆にホグトンが不利になるからな。」
「それってつまり……どゆこと?」
「王城内にホグトンと通じているものがいる、ということだ。それも捕縛命令の決定権を握るような上役のな。この件、どちらかと言うとその通じている者こそが黒幕だろう。」
当初の企みである養女量産と国内外へ嫁がせる計画。貴族間のパワーバランスを掌握するため、お家ごとに血縁者の天授を記録、管理するのが当たり前の社会。
おいそれと養女を増やすなどと不穏な動きがあれば必ず誰かの目に留まる。それが未だに騒動にならないということは黙認し、握りつぶしている何者かがいるということだ。
「そいつの正体を暴き、捕縛命令を無効にする。理想を言えばホグトンと黒幕を犯罪者として国に処断させたい。」
「文字通り豚箱にぶち込むというわけね!」
「……?まぁ、そうだな。」
何が『文字通り』なのかはさておいて認識に相違はない。理想の決着は、馬鹿げたクーデターを企てた戯けを終身刑にすることだ。
数刻後、アシェルたちは本隊がこちらに向かって進軍してくるのを遠目で確認した。まるで攻城戦でも想定しているかのような軍隊規模だ。
「なんて数……。本当に二人であの本隊を撃退するの?」
「しれっと自分を計算から外したな。」
「私、戦闘力ゼロだし。」
「ごもっとも。」
貴族の令嬢を戦場に駆り出して戦力に数えるというのも土台無理な話。もとよりそこに期待はしていない。
「今から教えてやろう。戦争には勝ち方があることをな。」




