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異邦の鉄血戦線 〜その戦争、承りました〜  作者: ムック
鉄血戦線パラベラム・サイト
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7.顔のない悪魔

「オオオオイ!俺様を呼びつけるたぁいい度胸だなあ、アシェルゥ!」


 新しい任務を言い渡された翌日、アシェルたちが作戦ルームで計画を練っていると勢いよく扉が開け放たれた。


 リリィはぎょっとして声の主に視線をやる。やがて彼女の視線は、奇天烈な衣装の乱入者を訝しげに見るものに変わった。

 マントのように丈の長い隊服。かつて本人がヤンキー服などと言っていたことをアシェルは覚えているが、一体どこの民族衣装なのかは知らなかった。


「オイオイオイ。お前はいつから俺様を顎で使えるくらい偉くなったんだ、ああん?」


「今日もご機嫌だな、フェイカー。作戦内容を話すから席についてくれ。」


「はあああ?俺様に指図する気かよ、オイ!まずは来てやったもてなしが先だろうが!」


「ルイン、チョコチップクッキーと砂糖入りミルクティーを。角砂糖は五つで。」


「かしこまりました。」


 ルイン、一時退室。リリィ、『無貌(フェイカー)』の怒声に大困惑。


「てめえ、この俺様を舐てんのか!舐めてるよなあ!?会わねえ間に随分とっ!」


 我慢の限界が来たかのように『無貌(フェイカー)』は勢いよくアシェルにとびかかる。慌てふためくリリィを横目にアシェルはそのまま棒立ちを決め込んだ。傍目から見ると完全に暴漢が殴りかかる構図である。


 だが、『無貌(フェイカー)』の拳は頬に当たるどころか、するりと両腕がアシェルの背中に回った。背に回した掌は吟味するように筋繊維を撫でる。


「逞しくなったんじゃない?」


「もう女装は難しいかもな。」


「いやぁん、まだまだ。これくらいなら装備次第でやりようはあるものよ。顔だってまだこんな…んっ!」


 どさくさに紛れて顔を近づけるのをアシェルは手で受け止めた。『無貌(フェイカー)』の顔が手を挟んで至近距離で止まる。


 入室してきた時は明らかに益荒男のような風貌だったのに、今はキリッとした美人とも幼さ残る好青年とも言える中性的な顔立ち。リリィは、まるで別人だ、と驚愕する。

 

 これだけの印象の違いを演技だけで作り出せるこいつはやはり天才だ、とアシェルも唸る。それが『無貌(フェイカー)』と呼ばれる由縁でもあるのだが。ちなみに性別は未だ不明だ。


「えっと、えーーっと。つまり?」


 困り果てたリリィは小首を傾げる。


「あら?彼女が例の?」


「ああ、ひとまず俺の下で働くことになったリリィだ。気をつけろ。こんなナリして相当気合の入ったおてんば娘だからな。」


「なんですと!」


 リリィが素っ頓狂な声を上げている隙にフェイカーは彼女に歩み寄り、顔面をじっくり観察した。本当にじっくりと。時間をかけて、まるでスキャンしているかのように。


「な、何よ。」


「言い得て妙……。いいえ、でもこれは中々……。」


 居た堪れなくなったのか、リリィはたじろぐようにアシェルの後ろに隠れた。


「あなた苦労してきたみたいね。でも、それ以上に美しい。うん、気に入ったわ。」


「へぇ、珍しいな。フェイカーが初対面で相手を気に入るなんて。」


「で、でもアシェルほどじゃないんだからね!僕の一番はいつだってアシェルなんだから!」


 フェイカーが再びアシェルに抱きつこうと構えた瞬間、ルインがティーカップを乗せた盆をカチャッと机に置いた。

 まるで「戯れはそこまで」と一喝するように。


「ご準備できました。」


「ああ、ありがとう。」


「感謝は不要です。これも仕事ですので。」


 ルインはいつもの澄ました表情で淡々と配膳を始める。

 ここだけの話だが、彼女が「仕事ですので」と言葉にする度にアシェルは少し不安になる。


 とある事件以来、彼女は行き場を失くしこの鉄血機構(パラベラム)に身を置いている。

 元々、醜悪な環境にあったからこそ、もうあの頃には戻りたくないという恐怖があるのだろう。だがそれは決してここに縛り置く理由にはならないし、そのことを彼女がどう思っているかも未だ聞いたことがないのだ。


 一度、シルバーにそのことを相談したことがあるが、「ややこしくなるから絶対に何も考えるな」と言われてから、アシェルも気にしないように努めてきた。

 が、ここに来てリリィの件だ。今更だがシルバーと交渉すればルインを自由にしてやる援助はもらえるかもしれない。


「ルイン、今回の件が片付いたら少しゆっくり話そうか。」


ガチャンッ――


 ルインが手を滑らせたのか手元のティーカップが倒れて中身が机に拡がる。


「も、申し訳ありません。」


「いい。怪我はないな?」


「はい。すぐに片付けます。」


「ルインもそんな可愛らしいミスをするんだな。」


 彼女の動きがピタッと止まった。この時、アシェルの中には「しまったな」と後悔の思いが先立った。人の些細なミスを取り上げて、あまつさえからかうような物言い。

 それは上司の適切な言動と言えるだろうか。こうしたパワハラじみた言葉の数々が彼女から笑顔を奪っているのではないだろうか。


 思い出してみると長い間、彼女の笑顔を見ていない。アシェルは反省した。やはり自分は人の上に立つ器ではないのだろうと。部下の一人もまともに笑顔にできないとは上司失格である。


「はあ。」


 自分の至らなさにため息が出る。そんなアシェルの憂鬱を汲み取ったかのように、ルインの指先は小刻みに震える。

 それは耐え難い心的苦痛からくるものか、はたまた行き場のない怒りから来るものか。


 見かねたフェイカーがアシェルの肩にポンと手を置いた。


「ちょっと、アシェル。人のためを考えるのは君の美徳だけど、考えすぎは感心しないかな。」


「ん?そうか。あまり自覚はないが善処しよう。」


「ううん、僕のことならいくら考えてくれてもいいけどね。【万華(カレイド)】、杞憂だから安心して片付けなさいな。」


「はい……。」


 フェイカーが優しく声をかけるとルインの顔色が少しだけ良くなる。さすがは他人を演じることに長けた天才。何が『杞憂』なのかは知るところではないが、フォローは完璧だ。人の洞察に関して、この組織で双璧を成しているだけはある。


「流石だな。人を見抜く、その卓越した才が羨ましい限りだ。」


「表層を読み取るだけなんてわけないよ。君にだってそれくらいはできるはずさ。ただ、君は君自身を見る目がなさすぎる。」


「客観視はできているつもりなんだがな。」


「全然。笑っちゃうくらい。」


 フェイカーは軽く笑い飛ばす。根本的にフェイカーに見えているものはアシェルには見えない。それは自分が天才の領域にいないからだ。心理学もプロファイリング技術も使える程度には習得してきたが所詮は凡夫の域を出ないのだ。


 ご多分に漏れず、と言うべきだろう。そもそもアシェルにはこの組織において、どの分野においても突出したものはない。故に、『多芸巧者(オールセカンド)』。全てが二番手。紛うことなき器用貧乏である。


「話が大分逸れてしまったな。本題について話そうか。」


 気を取り直して、アシェルは仕事へと頭を切り替えることにした。今は自身の至らぬ点に辟易している場合ではないのだ。


 そうしてようやく会議を始めることとなった。オクトルール邸の襲撃阻止作戦の全容。想定しうる全ての行動パターンとその対策方法。

 それらを話し終えた時、フェイカーは拍子抜けしたように肩を竦めた。


「なーんだ。おつかいみたいなものじゃない。」


「場合によっては一国の王を騙すことになるのだがな。」


「ふふ、私とアシェルで潜ってきた修羅場に比べれば……ね?」


 フェイカーは再び表情を変える。見る者から根源的欲望を引き出す艷やかな笑み。心臓を鷲掴みにする流し目からのウインク。かつては国をまるごと騙し、熱狂のうちに沈めた三人組『傾国三太夫』が一人。その魅惑的な美貌から人は『傾国の微笑(ビューティー)』と呼んだ。

 放たれる威力はそんじょそこらの祝業(スキル)の比ではない。


「やめろ、色々と心臓に悪い。」


「あら、ごめんなさい。うふふ。」


 こうして見ると女にしか見えないんだがなあ。益荒男、好青年、美女……。小細工抜きにしてこの仕上がりは本当に見事。


「作戦開始は明日の早朝、日の出とともに『多芸巧者(オールセカンド)』、『万華(カレイド)』、リリィが出発。『無貌(フェイカー)』は俺の合図を待って行動に移ってくれ。」


「かしこまりました。」

「はい!」

「りょうか〜い。」


「よし、では俺たちの戦争を始めよう。」

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