6.悪魔との取引
シルバーはリリィが落ち着くのを少し待ってから穏やかな口調で話し始めた。
「今や君は自由の身だ。このままここでゆっくり過ごすのもいい。好きに世界を旅するのもいい。必要があればそれなりの金銭も提供しよう。今後どうするか、どうしたいか。突然のことで驚いているだろうが考えてみてほしい。」
「シルバー、いいのか?」
「いいんだ。彼女の好きにさせる。これは私の決定だ。」
アシェルは困惑した。ここまで強く主張するシルバーを見たことがなかったからだ。
「どうしたいか……。そんなの考えたこともなかったわ。」
リリィは喉から答えを絞り出すように唸っていると、はっと思い当たるものが見つかったようで。
「そうだ!あの男……私の父にぎゃふんと言わせたいかも!」
と、元気ハツラツに言い放った。不意にアシェルがリアムに視線を移すとちょうど目があう。言いたいことは同じようだからアシェルが代わりに説明することにした。
「お前の父親だがな、近いうちに国家転覆の疑いで捕縛されるそうだぞ。」
「へ?」
リリィは言葉の意味を飲み込めず、気の抜けた返事が漏れてしまっていた。
「十中八九、処刑だろう。」
「ちょ、ちょっと待って。」
「おめでとう、叶ってよかったな。まあ、『ぎゃふん』どころでは済まないだろうがな。」
「待って待って待って!え?あの人が国家転覆?処刑?」
リリィは本気で何を言っているか分からない顔をしている。実の父が数日のうちに国家転覆罪で処刑される、なんてあまりにショッキングな出来事だ。
「なんでそんなことに?あのヘタレ男爵にそんな度胸があるとは思えないんだけど。」
「ホグトン・テーヘンの差し金だ。奴は国王に対して、でっち上げのシナリオを報告した。オクトルール男爵家当主カルロスは悪名高き鉄血機構と結託した。娘を送り込み内側から手引きさせ、ホグトンを脅迫してその力を利用しようとした――ってな。」
「なにそれ!びっくりするくらい本当の話がないじゃない!」
「ああ、即興にしてはよくできている。」
「感心してる場合かな!?」
アシェルとて感心もする。なにせアシェルたちにはそれを否定する術がないのだから。それを見越しての報告だろう。
当然、カルロス・オクトルールは否定するだろうがあくまで容疑者の言葉。リリィが嫁ぎに行ったその日に鉄血機構から襲撃があった。
その事実だけを切り取って見た場合、格上貴族かつ被害者であるホグトン・テーヘンの報告が優先されるのは明らかだった。だが――
「だからどうした、って話だろう?」
元々、鉄血機構は特定危険組織だ。国家転覆の容疑をかけられたところで痛くも痒くもない。リリィにとっても、父親は自身を蔑み続けた忌むべき存在のはず。となれば、後顧の憂いなどあろうはずもないのである。
「そうだけどっ……!」
リリィは歯噛みしながら言葉を探した。それでもその気持ちを端的に表す言葉は見つからず顔を歪める。やがて彼女は自身の中で、ある答えにたどり着いた。
「シルバーさん、いえシルバー様。私から代表である貴方にお願いがあります。」
「何だろうか。」
「私の父を助けてもらえないでしょうか。」
「残念だが人助けは私達の領分ではないんだ。所謂、戦争屋なものでね。」
「……では、戦争を依頼します。テーヘン家との戦争。勝利条件は私の父、カルロス・オクトルールの無罪を確定させること。手段は問いません。」
「ふむ。」
シルバーは手元のカップに指をかけ、すっと茶を一口含んだ。その間、誰も言葉を発さず沈黙が保たれる。カチンとカップを受け皿に置いた音を合図にシルバーは口を開いた。
「我々は慈善事業をする気はない。対価の準備はあるのかな?」
「それは……。」
回答に悩むリリィを見て、それはそうだろうとアシェルは思う。彼女は下級貴族の中でも特に立場がない。そんな彼女が鉄血機構に依頼できるだけの対価も覚悟も示せるとは到底思えなかった。
だが、その事実とは裏腹にリリィは正面から堂々と、シルバーに対して声を張った。
「私がこの鉄血機構で一生をもってお返しします。」
アシェルにとっては意外な答えだった。珍しく驚きの感情を隠しきれない。何が彼女にそこまで言わせるのか。アシェルには理解ができなかった。
「何故だい?先程も言ったが君は自由を得た。我々の援助も提示したはずだ。それなのに、何故君は愛せざる父のために自らを犠牲にするのかな?」
「確かにあの男は父親としては最低で、心底憎いとすら思っています。」
「なら、どうして?」
「私は……私のせいで誰かが不幸になることを許せません。」
キッパリと。リリィの言葉は強い意志のもと音になった。そんな彼女の姿にシルバーも真剣な言葉を返す。
「その『誰か』に君の父親も含まれると。」
「ええ。そもそも私が娘として生まれたというだけでも、あの家にとっては不幸だったのでしょう。それでも……そこに愛がなかったとしても、この齢まで生かしてもらった義理はあります。それなのに私の軽はずみな行動一つで冤罪をかけられ、命まで奪われるなんてあんまりです。私はこれを見過ごすわけにはいきません。」
言葉も思想も全てが後ろ向き。なのに、その言葉は強く気高い。
シルバーの口元がわずかに綻んだ。
「ミス・リリィ・オクトルール。その戦争、承りました。」
「ご厚意、感謝します。」
「けれどいくつかの条件がある。まず一つ、この件はアシェルが責任をもって担当すること。」
「なん……だと!」
アシェルは唐突に指名されて愕然とした。この内容なら他に適任者がいるはずなのだ。そこをすっ飛ばして仕事が割り振られる理不尽……。
「彼女をここに連れてきたのは君だ。君は自分の行動の結果を他人に押しつけるのかい?」
ぐぅの音も出ない。顧客からの依頼を上司が受け、その仕事を顧客を連れてきに部下に割り振る。至極当然と言えよう。
「はぁ、わかった。」
「よし。そして、二つ目。ミス・オクトルールには前金代わりにすぐに構成員として働いてもらおうか。アシェルの下でここの仕事について学ぶといい。」
再び名前を出されたアシェルに本日何度目かの動揺が襲う。
「なん……だと!」
「君は自分の行動の結果を」
「わかった、わかった!それはさっき聞いた。俺はそれでいい。リリィもいいな?」
「う、うん!」
という、なかなか無茶苦茶な流れでアシェルは次の任務が決定してしまった。まだ、前回の任務の疲れが取れていないというのに、休む間もなく次の仕事だ。猶予もあまりない。すぐにでも行動を起こさなければ手遅れになる。
司令室で解散するとリリィとルインを連れて作戦ルームに移動する。
「早速だが時間がない。手短に今回の任務の確認と作戦行動に移る。」
「はい、マスター。」
「わかったわ!」
「今回の任務目標は『カルロス・オクトルールの冤罪を晴らし、処刑を回避すること』だ。間違えるなよ。『カルロス・オクトルールに企みがないことを証明する』ことでも『ホグトン・テーヘンを始末する』ことでもないからな。」
二人の美少女はコクっと頷く。
「ホグトンの報告書は数刻前に王国に届いたばかりで、まだ上には知れていない。そこから考えるとホグトンがカルロスの捕縛命令を受け取るのが五日後。出兵の準備を整えてオクトルール邸に到着するのに十日。王国に戻り裁判を受けるまでにさらに十日と言いたいところだが……。」
「ボス、それについてですが。」
ルインが言葉を挿む。
「ホグトン・テーヘンの思考パターンを考慮すると裁判は行われないかと思われます。」
「だろうな。奴なら捕縛と称して郎党皆殺しだ。武力抵抗にあったと偽ってな。」
「そんな!じゃあ、どうしたら……。」
リリィが戸惑うのももっともだ。仮にその想定通りに事が進むなら残された猶予は十五日間。あるいは最悪の事態を想定すると――。
何れにせよ残された時間はほとんどない。その上、アシェルたちの勝利には一手足りない。この不足を補うために、アシェルには一人分の選任権と裁量権が与えられている。
――そういえば今回の作戦に適した人物が暇を持て余していたはずだ。
「ルイン、打診を頼む。今回は『無貌』に加わってもらう。」
☆
「『無貌』、急ぎマスターからの要請です。」
『無貌』と呼ばれる人物のもとにルインからメッセージが送られる。仕事の依頼だ。
本人から直接連絡してくれればいいのに水臭い。 内心、そんなことを思いながらも足取りは自然と軽やかになり鼻歌なんかも奏でてしまう。
アシェルとは昔から色んな現場を共にしてきた戦友であり、唯一の自分の本当の気持ちを理解してくれる心の友でもある。
親友ならぬ心友ってところかな、なんて浮かれた調子で支度を始める。
最近はアシェルが単独任務につくことが多くなり、共同作戦は御無沙汰していたところだ。
「さ、て、と。」
リズムを刻むように人差し指を弾ませる。
「わたし、ぼくミー、おれわらわ〜。おのれマロちん、あやつがれ〜。それがし、よわっち、おらごじん♪」
意味のないオリジナルソングを口ずさみながら身支度を整えた。
「待ってなよ、アシェル。今回はどんな役でいこうかな〜。」




