78.天兵省
「電気に関わるものか。」
「そうだろうね。」
ゴム手袋は感電防止用だ。電気を使った何かの研究をしていたと考えるのが妥当だろう。
リリィは会話についてこれず頭にクエスチョンマークを浮かべる。
「ゲンキ?」
「電気だ。」
アシェルは電気の『で』に力を入れて訂正する。
「お前の好きなエアコンと冷蔵庫の動力源。リリィの知るものだと雷、静電気がそれだ。」
「セー……デンキ?」
「寒い時期にバチッとくるヤツだ。」
「え、あのバチバチ!?」
電気の概念がわからない以上、それが名前に入っている静電気が通じないのは当たり前だ。その電気だって世界での実用例は列車駅で使われている電報程度。五大強国の一つ、大帝国アイザーラントはその限りではないが、まだ発展途上の技術であることに変わりない。リリィが知らないのも当然の成り行きだった。
とはいえ、鉄血機構は先に挙げた電化製品など多くの活用技術を抱えている。ようやく世界がその足元にたどり着いたのだ。
「でも、電気は便利なものよね?」
リリィは電化製品の数々をルインから教わり、それならと疑問を口にする。
その疑問は真っ当なもので、電気は人の営みを豊かにする。火の冒涜などと規制するメリットはないのである。普通に考えればの話だが。
アーサーは語る。
「リリィ嬢、恐らくこの国は『電気』そのものではなく、その『便利』を問題視しているのだよ。」
「……?便利の何が問題なの?いいことじゃない。」
「人の生活が便利になれば首都への憧れは今よりも確実に薄れるだろう。そうなれば優秀な人材が中央へ集まりづらくなってしまう。」
「なにそれ!そんなことのために!?」
リリィは憤慨した様子を見せる。
「リリィ。これはそんなこと、では済まない話だ。優秀な人間が首都に集まれば必然的に周辺都市は弱体化する。それは内乱の目を摘む一つの手段だ。」
シェン・ダーディは昔からその手の噂が絶えない。不満を募らせた周辺都市がいつか爆発するのではと言われて長い月日が経つ。だが生きることに手一杯では、爆発する余力は生み出せない。ただ感情が燻るだけだ。それに実質的な戦力が育つこともない。優秀な天授は首都に集まるのだ。戦力的に勝てる見込みも薄い。
「ディダンさえ良ければ――いや、違うな。神皇とその臣下さえ安泰ならそれでいい、という条件なら恐らく最善手だ。」
「うぅ、そんなの良くないのに……。あ、でもそれだと他の国から侵略を受けちゃったらまずいじゃない!」
アシェルは驚いた。リリィがその点に気づくとは。イステカーマでの経験が生きたのかもしれない。立派な成長だ。
「ああ、だからこの国にはどの時代にも最強の守護者がいる。」
【執行者】は一般的な天授であり、所属する国家の法を執行するための能力を獲得できる。自国内という条件下において、その性能は特殊にも勝ると言われている。
その祝業持ちを集めた執行者部隊『天兵省』は国内最大の自警集団である。
だが、最強の守護者たる所以はそれだけではない。シェン・ダーディは【執行者】を覚醒させる条件を知っているのだ。
【戦士】がある条件を満たすと【槍兵】に覚醒するように、この天授にもさらに上がある。
【断罪者】。極めて困難な条件ゆえか、現在の所有者はリュウ・シェンファ、ただ一人。それがどれほど強力かと言えば、領土に多国籍軍が四方から侵攻してきたとして能力一つで瞬時に全員斬首できる、と噂されるほどだ。
シェン・ダーディが抱える執行者部隊『天兵省』は彼を擁することで自国内に限定すれば世界最強の国防組織となるのだ。
地方の発展を妨げ、力を吸い上げることで内圧を抑制する。そして外圧には最強の駒で対処する。約二千年間、神皇による統治体制が続いていることからも効果的なシステムであることは認めるしかない。
「リリィ。このやり方が気に入らないのは俺も同じだ。」
それは弱者の定義が穢魔から少し広がっただけの差別主義だ。当たり前の感情の話で、アシェルたちにとって気持ちのいい仕組みではない。
「だがな、それも一つの国の形だ。俺たちはテロリストじゃない。間違っても高官の前で批判はするなよ。」
リリィは以前にサルヴァドールに対して啖呵を切っている。遡ればホグトン・テーヘンにだって。その時の想いまでは否定しない。だが、今回は友好関係を結ぶために足を運んでいる。いきなり独裁国家の体制批判なんてしようものなら友好以前に、その場で処刑すらあり得る。
「わ、わかってるわよ!アシェルは私のことをなんだと思ってるの!?」
「心と口が連結したお気持ちバーサーカー、だろ?」
「『だろ?』じゃないわよ、『だろ?』じゃ。私だってねぇ!言って良いことと悪いことの区別くらいついるんだから!」
「!?」
まさかだ。その論理でいくと、これまでリリィが放ってきた言葉は全て『言って良いこと』ということになる。もしくは『言って悪いこと』と認識しながら口にしていたか。どちらにしても最悪だ。
珍しくルインまで驚愕の表情をしているのが衝撃の事実であることを物語る。
「何よ、そのお化けでも見たような顔は。」
「大丈夫だ、お化けより怖い。」
「何が大丈夫なのかな!?」
心外だと言わんばかりリリィは地団駄を踏む――が、どうか自分の胸に手を当てて考えて欲しいと思うアシェルだった。




