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異邦の鉄血戦線 〜その戦争、承りました〜  作者: ムック
陰陽双克譚シェン・ダーディ
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78/81

77.異端

 運ばれてきたラーメンの見た目は『萬職人(フルクラフター)』に振る舞われたものと見分けはつかない。淡く金色に輝くスープは器の底まで透けて見え、束ねられた細麺と薄くスライスした焼豚、ひとつまみのメンマがシンプルに盛り付けられている。


「いただきます。」


 散蓮華――俗称『レンゲ』でスープを掬い、一息吹きかけて少し冷まし、口に移す。

 その瞬間、『萬職人(フルクラフター)』のラーメンに勝るとも劣らない旨味に後頭部を打つような衝撃を受ける。


「――馬鹿なッ!」


リリィも真似てスープに口をつけると途端に頬が緩む。本当に美味しいものを食べると笑ってしまう。これは人間の本能だ。


 アシェルは期待に胸が高鳴った。この旨味が凝縮されたスープに麺をくぐらせて食べる。その想像をしただけで口が欲している。食べるまでもなくわかる。もう美味しい。


「では。」


 アシェルは箸で麺をつかみ、そのまま口へ運び啜る。ツルッと口に入った麺は噛むとほんのり甘く、スープとの融合で味が完成する。


「美味い!」


 アシェルのテンションが爆発的に高まる。グラフで表せば垂直。もはや感動の域に達する。これを食べられただけでもシェン・ダーディに来た甲斐があったというものだ。


 アシェルの見よう見真似で食べようとしたリリィだが、箸というものを初めて握ったらしく麺をつかむのにも苦戦。見かねたルインがレンゲでスープを掬い、溢れない程度の麺を乗せて渡すとリリィはパクッと一口でいった。


「んーーーーーーッ!」


 小動物の鳴き声のような甲高い音を喉で鳴らし、頬に手をあてる。本当に美味しいと語彙を失う――というより、言葉で表現するのがもったいないと思えてしまうものだ。いかに言葉を尽くしてもその感動を伝えるには不十分。そういう意味ではリリィの言葉にならないこの声と幸せそうな表情こそが最適解なのかもしれない。


 他にユーリンチー、チンジャオロース、ホイコーローと頼んでいた面々もペロッと平らげ大満足のようだ。


「ご馳走様でした。店主、全面的に俺が間違っていました。確かにここの味は俺の知る最高の味にも劣らないものだった。正直に、感動した。」


「ホッホッ。嬉しいことを言ってくださる。ただそう言われると貴方の知る『最高の味』というものにも興味がありますな。一料理人としてぜひ味わってみたいものです。さぞ高名なお店で食事になられたとお見受けしますがいかがでしょうか。」


 店主は探るように目を細めるが、鉄血機構(パラベラム)として仲間の情報を開示するわけにはいかない。アシェルは後ろめたさを感じつつも、事情をぼかして伝える。


「いや、残念ながら彼は店など持っていません。普段は個人的に振る舞ってもらっています。」


「なんとそれはもったいない。ぜひいつかご紹介いただければと。」


「いつかは。ここは我々が住む場所からかなり遠いので。約束はできませんが機会があれば。」


 これ以上詮索されても答えに困るため、一行は店主に礼を伝え店を出ようとすると――


「最後に一つだけよろしいでしょうか?」


「他に何か。」


「貴方の知るその料理人についてです。その方にとって料理とは一体何なのでしょう。分かる範囲で構いません。お教え願えないでしょうか。」


 人にとっての料理の価値など、他人に分かるはずもない。ただ副料理長(スーシェフ)として彼の元で腕を磨いた経験があるからこそ分かる。彼が抱く感情を。別にそれを伝えたところで身元が判明するわけでもない。美味しい料理のチップとして、それくらい教えることは差し支えないことだった。


「『自分の手で自分を感動させたい』。そういう究極の自己満足。料理はその数ある手段の一つ……だと思っています。」


「フッ、ホッホッ、なるほど。嬉しい答えが聞けました。ありがとうございます。」


「満足してもらえたなら何よりです。」


 言葉通り嬉しそうな店主に別れを告げ、一行は店を出た。


「美味しかったわね!」


「そうだな。あの味は認めざるをえない。この分野では『萬職人(フルクラフター)』に比肩する。」


 アシェルの考えうる最大限の賛辞。崇拝する『萬職人(フルクラフター)』と肩を並べるというのはそれだけアシェルにとって重いものだった。


 そんなこともありながら、一行は宿泊所に向かう道中やけに騒がしい人の集まりが目に入る。何かの事件でもあったのだろうと通り過ぎようとするアシェルたちだったが、気づけばリリィが野次馬根性で人だかりに混じり背伸びをしていた。


「おい、何をやっている。性懲りもなくまた迷子ぶちかますつもりか。」


「ち、違うの!ちょっと何が起こってるか気になっただけなの!」


「それは何が違うんだ?」


 それは迷子になる原因の第一位だ。興味に惹かれてふらっと一人で横道にそれる行為は迷子になるのとほぼ同義である。


 仕方ない、とアシェルは肩を落としながら何が起こっているのかだけ確認することにした。


 しばらく待って――


 建物の中から三人の男が出てくる。そのうち二人は装いからして兵士だ。そして残る一人は一般的な服装にゴム手袋をはめただけの一般人。その顔には暴行の跡が残っている。アシェルの推測によると、何かの犯罪に関与した男が取り押さえられている現場ということになる。


「道を開けろ!この者は異端研究の首謀者である!もしもお前たちの中に共犯者がいるなら今すぐに名乗り出よ!自ら名乗り出れば減刑も考えてやる!」


「おいおい!異端なんてよォ、一体何の研究をしてたんだァ!?」


「異端の知識を公言するわけにはいかん!だがこの者の行いは火への冒涜だ!」


 兵士は誰からの質問かも確認しないまま答える。

 それから共犯者が現れるわけもなく、民衆はざわざわとしながら異端者なる男が連行されるのを見送った。


「異端研究たって内容が気になるじゃねえかァ。」


「アーサー、目立つ真似は控えてくれ。」


 リリィがビックリした顔をしてアーサーを見ている。アーサーの口から聞いたことのない声が発せられたせいで、妖怪でも見たような顔になっている。


「ゔ、ゔん。いいじゃないか。どうせ私の声だとはバレやしないさ。」


 アーサーは喉を調整していつもの調子に戻る。兵士に異端研究の内容について聞き出そうとしたのは彼の仕業だ。


「それで?察しはついたのか?」


「もちろん。リスクを冒した甲斐はあったよ。」


 一連の流れで既にアーサーは答えに辿りついていた。


「火の冒涜、ゴム手袋。この二つだけで十分さ。冒涜とは軽視。つまり火の本来の役割を奪う行為だ。火の役割は三つ。加熱と焼却、そして照明だ。」


「なるほどな。」


 アシェルも理解した。その役割を火にとって代わるもの。そして研究にゴム手袋を要するものと言えば――


答えは一つしかない。

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