76.完全管理都市
首都ディダンは恐らく世界で唯一、在都市の人民を完全に管理した都市だ。都市内にいることを許されるのは認められた住民、厳正なルートで推薦を受けた者、そして神皇に召喚された者に限られる。徹底した入都管理と戸籍管理によって都市内にいる全ての人の情報が神皇直下の執政部隊に集められている。
それに比べて金白京は――
「あれ?金白京にはあっさりと入れるのね?」
「理由はそんなに難しいことじゃないと思うぞ。」
街の景色が一行を出迎える。瓦屋根と提灯、白を基調とした暖簾や装飾が他とは全く異なる文化圏であることを主張している。
一行は特に門衛などいない境界を跨いで安々と都市に入ることができた。
首都であるディダンとは異なり、五京は人の管理を行っていない。というのもディダンのようなディストピア的管理社会は維持するだけでも相当のコストがかかる。全ての都市で同じことをしようとすると負担はその数だけ――いや、他国からの侵略や密入国まで想定するとさらに倍のコストがかかってもおかしくはない。
「神のお膝元であるディダンだけは厳重に守ろうって腹だな。」
「そんなのずるいじゃない。」
ずるい、なんて言葉で片付けてしまっていいものではないが分かりやすく言うとその通りである。首都以外の都市を防波堤とすることで中心のディダンは最後まで安寧を保っていられるわけだ。
「まぁ、『神』がいるんだ。それだけ大事に扱って当たり前。そうすることを国民が納得しているなら、俺たちが口を挟むべき問題ではない。」
「人が神様を守るのね。変なの。」
絶対に信心深い人間の前で口にしてはいけない類の台詞だが、意外にもそれは事の本質をついている。
一行は一晩この都市で休憩を挟むことになっていた。持参した貴重品を換金所で現地貨幣に交換し終えた頃、ちょうどリリィの腹の虫が熱唱を始める。『知らなかったの?人はね、お腹が空くものなの』などと照れ隠しをするリリィだが耳の赤さまでは隠せない。
「頃合いか。食事処を探そう。」
見知らぬ土地に来たらまずは酒場――と言いたいところだが、未成年の女性を二人も連れていてはトラブルの元。どこか静かに食べられる店を探す。そこで見つけたのはこぢんまりとした定食屋だった。扉を開くとカランとベルの音が鳴る。
「いらっしゃいませ。」
しゃがれた声の主はカウンターに立つマスターらしき老年の紳士だった。
「五人、入れますか?」
「もちろん。お好きな席にどうぞ。」
レンガ造りとは違い、のっぺりとした壁。規則正しく並んだ椅子とテーブル。壁面と卓上のあらゆるところに蝋燭が灯るだけのシンプルな店内だった。
他の客は四組。バラバラと点在している。
皆がテーブルにつくと紳士は紙のメニュー表をもってくる。
「お決まりになりましたらお呼びください。」
全員がメニュー表をのぞき込むが、そのほとんどが見慣れない料理で首を傾げる。
「らーみぇん、ゆーりんちぃ、ちんじゃおろーす……ロース……お肉?ゆーりんちぃはとってもカワイイ響きね。アシェル、わかる?」
「さっぱりだ。いや、らーみぇん……これはラーメンか……?そういえば『萬職人』がこの国発祥だとかなんとか。」
「私、食べたことない!これにする!」
「……。『萬職人』が作ったものを食べてしまっているからな……。比べてしまっては悪い。他のメニューを――」
「お客様。」
唐突にマスターの声が真横から降ってくる。気づけば老紳士は再びテーブルの横に立ち、アシェルを見下ろしていた。
「な、なんでしょう。」
――いつの間に!?全く気配がなかったぞ!
アシェルが驚いていることなど無関係に、男は少しばかり険しい表情で尋ねる。
「不躾で申し訳ありませんが、お客様がたは初めてこの国にいらしたのですかな?」
「ああ……はい。その通りです。」
「では、お言葉ですが。当店の味は国内でも有数を自負しております。他店に……ましてや国外で食された拉麺に劣ると言われますのは甚だ心外にございます。」
「も、申し訳ない。そんな意図はなかったんだ。」
アシェルは食べる前から味の優劣を決めてしまう愚考を反省した。それは料理人にとって極めて無礼であると知っていたはずなのに。
「いえ。出過ぎたことを。こちらこそ申し訳ありませんでした。もしまだ迷われているのであれば、ぜひ当店の拉麺をご賞味ください。」
「承知した。では――」
勧められた通りに拉麺を注文する。
それからしばらく料理を待つ間、先に入っていた客の会話に耳を傾ける。とは言っても、無理に聞こうとしなくともはっきり聞こえる程度には声が大きい。聞く限り何か良いことがあったのだろう、興奮気味の様子だった。
「なぁ、聞いたか。リンジュさんとこの子供な。二等の天授を授かったらしいぜ。」
「はあ、いいなぁ。あの人たちもディダンに住めるのかぁ。」
そんな会話が聞こえてくる。国の事情を知らないリリィはそれが意味するところを理解できていなかった。
「ねぇねぇ、アシェル。あーでん?の天授をもっているとディダンに行けるの?」
「そうだ。」
「へぇ、そうなのね。」
「……。」
「ねえ、もうちょっと説明することがあるんじゃない?」
アシェルは大きくため息をついてからルインに説明を求めた。最近この手の授業はルインの仕事だ。ルインも好きでやってくれているようで大変助かっている。
ルインは懇切丁寧に国の仕組みを説明した。
「つまり、この国では天授を独自の基準において評価しまして、上から一等から五等に振り分けます。」
「あーでんというのは上から二番目というわけね。」
「はい、さすがですリリィ。」
褒められて喜ぶ子どものように笑うリリィ。
「そして、この国では二等以上の天授を持つ人は家族と共にディダンへの移住が認められるのです。」
「なるほどぉ。それであの人たちは羨ましがっていたわけね。」
これにてようやくリリィは先ほどの会話の意味を理解したわけである。
では、生まれた瞬間にディダンへ入都できるかが決まってしまうのか。
それは否である。天授にはもう一つ、等級に影響する項目が存在する。階位だ。国はこれについても規定を設けており、第四階位以上の人間についても無条件に移住を許可しているのだ。
「優れた天授を優遇し、中央に集める。それがこの国の在り方だ。」
「でも、それじゃあ私たちは――」
リリィがようやくこの任務の不可解さに気がついた瞬間だった。穢魔は彼らにとっての――言葉を借りれば神敵だ。天授を何より重んじるシェン・ダーディが鉄血機構と友好関係を結ぼうとする矛盾。
「だから俺たちはその真意を確かめに行く。」
と、その時、店主が料理を持ってテーブルにやってくる。一旦この話は保留とし、食事に移ることにした。
「お待たせしました。」
ゴトン、と器が置かれる。
テーブルの上に置かれたそれは見まごうことなきラーメンだった。




